空から日本を見てみよう ― 名古屋市前篇 ―

今回の空から日本を見てみよう名古屋市

wikipedia:名古屋市

 

人口230万人を誇る大都市である。

濃尾平野に広がる臨海工業地帯である。

 

まずは港区からスタート。

 

人口は14万5千人ほど。名古屋市内で最大の面積の行政区である。

区南部には国際貿易港である名古屋港がある。

名鉄、市営地下鉄、さらには名古屋臨海高速鉄道が通っている。

名古屋港水族館リニア鉄道館など観光施設がふとうに点在している。

また、南極観測船の「ふじ」も係留されている。

 

次は中川区

 

人口は約22万人。

給湯機、ガスコンロなどで有名なリンナイの本社がある。

JR東海道本線、名鉄名古屋市営地下鉄、さらには近鉄の鉄道駅が設けられている。

かつては中川運河によって水上輸送路の中核地として栄えた。

 

続いては熱田区

 

人口は6万6千人くらい。

4大都市ガスの一つ、東邦瓦斯日本車両製造アイホン愛知時計電機などのメーカーの本社が立地している。

熱田神宮日本武尊に縁があり、三種の神器である草薙剣が奉納されたと言われ伊勢神宮に次ぐ格式の神社として栄えた。

 

次に向かったのは中村区。

 

 人口は約13万4千人。

名古屋駅周辺から西部を区域とする。

名古屋駅の東口側は都市開発が進み、近代的なビジネス街として変革を続けている。

一方西口側は開発が遅れ、下町地域となっており戦前からの街並みも残っている。

 

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名古屋駅

 

豊臣秀吉生誕の地とされる豊国神社を中心とした中村公園や加藤清正の生誕地とされる妙行寺、二人の記念博物館などが固まって立地している。

 

最後は西区。

 

 人口は約15万人。

江戸時代前期の清州城から名古屋城移転時期から続く城下町の街並みが一部残っており、官民ともに保存に努めている。

またトヨタグループ発祥の地である産業技術記念館森村グループ発祥の地であるノリタケの森など近代工業の草創期に深くかかわる地である。

他にもインテリア大手のサンゲツや印鑑のシャチハタなどの本社がある。

 

 

地球絶景紀行 ― 山岳鉄道で行くアルプス ―

今回の地球絶景紀行はスイスへ向かう。

岳鉄道でアルプス山脈へ。

wikipedia:スイス

 

国土の多くが山地である。人口は800万人ほど。

ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語公用語とする。

もっともロマンシュ語は南東部でわずかに使われているにすぎないようだ。

 

ユーゴスラビアからの移民が多い。

ユーロ2016のスイス代表にも東欧をルーツとする選手が数多かった。

 

 

最初に向かったのはルツェルン湖に面した町、ルツェルン

14世紀に作られたカペル橋やワーグナー記念館など見どころの多い観光都市である。

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ピラトゥス山頂まで続くピラトゥス鉄道は世界最大の急勾配を誇る。

 

続いてはインターラーケン。

ベルン高原の観光拠点となる町である。

ベルナーオーバーラント鉄道は東回りと西回りが存在する。共にヴェルゲンアルプ鉄道へ乗り換えてさらに高地のクライネシャイデック(小さな峠の意)へ向かうことができる。

ここからはヨーロッパ最高地に位置する駅、ユングフラウヨッホ駅へ向かうユングフラウ鉄道が発着している。

アイガー、ユングフラウ、メンヒのオーバーラント三山の頂上にも近い。

 

最後に向かったのはイタリアとの国境に近い村、ツェルマット。

もともとは小さな農村だったがマッターホルンの観光拠点として整備され多くの観光施設が建設された。

 

大気汚染を防ぐため一部の公的車両を除いて電気自動車の使用が義務付けられている。

ゴルナーグラート鉄道で尾根へ向かうとマッターホルンモンテローザなど4000m級の山々を眺めることができる。

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世界ふれあい街歩き ― 釜山 ―

今回の世界ふれあい街歩きは韓国の釜山(プサン)。

wikipedia:大韓民国

言わずと知れた日本の隣国であり、人口は約5千万人。

うち半数がソウル市域に居住している。

 

プサンは韓国第2の都市だ。wikipedia:プサン

 

人口は350万人ほどで、古くから日本とも交流がある港湾都市である。

 

下関市や福岡市とは200kmほどであり、天気のいい日は対馬を臨むこともできる。

 

古代は任那と呼ばれる地域に属しており、倭国の影響下であったとも言われている。

江戸時代には対馬藩の出張所のようなものも設置されていた。

現在はアジア有数のハブ港湾として地位を高めている。

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飛行機やフェリーで割と簡単に訪れることができるため、日本からの観光客は数多い。日本語表記も町中に溢れているため初めての海外旅行に適している場所だろう。

 

 

子城台は豊臣秀吉が侵攻した際、毛利輝元が設けたと言われる小さな城だ。

 

海雲台は韓国でも有数のビーチ。夏は海の町プサンでも最も賑わう場所である。

 

太宗台は影島の先端部分で展望台などが整備されている場所。

巨済島は冬のソナタのラストシーンのロケ地。日本海や特色のある巨岩などいずれもプサンの誇る絶景ポイントである。

 

チャガルチ市場や国際市場など戦争中や尊後の暮らしを支えた歴史ある市場が多く、今でも活気のある場所となっている。

韓国の特産物も魅力だが、パワフルな韓国の文化を身をもって体験することもできる。

ソウルなんかとは大分違う雰囲気なんだろう。

 

最後はプサンのシンボル、プサンタワー。

市街を一望することができる。近代的なビル群と昔ながらの町並みを眺めると少しだけプサンを理解できるのかもしれない。

 

 

遠軽町 ― 巨岩と森林の町 ―

今日は遠軽町について調べてみた。

wikipedia:遠軽町

 

人口は約2万人。日本の町村の中では足寄町に次いで広大な面積を持つ。

 

2005年に平成の大合併遠軽町生田原町丸瀬布町白滝村が合併し現在の遠軽町の町域となった。

なお、上記の自治体はもともと遠軽町から分離してできた自治体であり、約50年ぶりに元の遠軽町に戻った形となった。

 

市街地付近で国道333号と国道242号が交差している。

また、通行無料の高速道路の旭紋自動車道が国道333号に並走している。

鉄道は遠軽駅スイッチバックにより向きを変える石北本線で旭川、網走方面とつながっている。

かつては紋別方面へ向かう名寄本線遠軽駅で接続していたが、1989年に廃止となった。

 

 道の駅は白滝地区と丸瀬布地区に設置されている。

 道の駅白滝は高速道のパーキングエリアも兼ねており、一般道高速道の両方から利用することができる。

白滝地区は石北本線秘境駅・白滝シリーズで鉄道ファンに有名であった。

1日1往復の発着のみなどの駅が多かったが、廃駅が増え、2017年3月現在では白滝駅のみが稼働している。

たった一人駅を利用していた女子高生の卒業と共に旧白滝駅が閉鎖される様子がNHKで放送されていた。

かつてのにぎわいを知る地域の人々がボランティアで除雪をしたり、JRに存続の陳情を行ったりしてどうにか卒業まで駅を維持することができたそうだ。

部外者が簡単に美談扱いして良いのかわからないが、彼女にとってはとても多くのことを学んだ高校生活だったのではないだろうか。

 

白滝地区はジオパークとなっており、旧石器時代の遺跡が発掘されている。

森林の多い遠軽地区でも特に自然があふれる場所である。

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丸瀬布地区の道の駅は高速道の終点付近で長らく賑わってきたが、高速の延長で終点が変わる。今後どうなるのかやや不安である。

 

丸瀬布のいこいの森には道内初の国産SLが展示されている。かつて丸瀬布に存在した森林鉄道で働いていたこの機関車、日本では唯一の動態保存である。

現在でも公園内を煙を上げて走っている。その名も「雨宮21号」。北海道遺産である。

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また、すぐ側には昆虫生態館を中心とした昆虫の里がある。

哀川翔アニキの育てたカブトムシなんかもいて、入場者数が激増しているらしい。

 

遠軽地区は町の行政、経済の中心部である。

この中心部にドカンと存在感最高潮にすわっているのが町のシンボル、がんぼう岩だ。

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アイヌ語ではインカルシと呼ばれていた。

車で頂上近くまで行くこともできる。巨大な奇岩であり、アイヌ民族の聖地でもあった。

 

その裏手に広がるのが太陽の丘えんがる公園。

コスモスが最も有名だが、シバザクラ・ヒマワリその他開園期間中は何かの花が咲いている。奥には展望台もありがんぼう岩よりもさらに眺めの良い景色を楽しむことができる。

 

 

最後は生田原地区。

こちらは木工が町の特徴。

ちゃちゃワールドは世界の木の玩具の展示や小さな子供が実際に遊べるスペース、藤城清治の影絵の展示なんかもあって家族連れに人気である。

 

また、JRの生田原駅は文学館の中に駅があるという珍しい構造だ。

芸術系の香りに触れたい人は生田原地区がお勧めだろう。

空から日本を見てみよう ― 伊東市 ―

今回の空から日本を見てみよう静岡県伊東市

wikipedia:伊東市

 

静岡県伊豆半島北東部に位置する、人口7万人弱の市だ。

 

相模湾に面しており、南部は荒々しい絶壁の海岸線が続く。

 

 

ぐり茶という特殊な深蒸し製法の緑茶が特産である。

 

JR伊東線伊豆急行線伊東駅での相互乗り入れによってほぼ一体運行を行っている。

 

 伊東温泉は毎分34000リットルの源泉が湧出し、別府に次いで日本第2位である。

ホテルハトヤドリフターズビートたけしがネタにしたことで全国区の知名度となった。

 

按針メモリアルパークはイギリス人で徳川家康に仕えた三浦按針(ウイリアムアダムス)が伊東で大型帆船の建造を行ったことなどを記念して造られた。

日本で生涯を閉じた彼の足跡を辿るのも面白そうだ。

 

大室山は伊東市のシンボルともいわれる火山。

毎年山焼きが行われている。

ふもとにはシャボテン動物公園やさくらの里などがあり、山頂へのリフトも運行している。一大観光スポットだ。

 

大室山があれば小室山もある。

こちらもふもとには公園があり、山頂へ登ることもできる。

 

南部の城ヶ崎海岸は奇岩による荒々しい海岸線にひかれた観光客が集まる。

門脇灯台門脇吊り橋などが集まる一帯が特に訪れる人の多い場所だ。

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また、かつてボラ漁で使われた見張り小屋は文化財となっている。

からすみって美味しいよね。ボラの卵巣さ。

 

海岸の南部には蓮着寺という寺院がある。

ここは鎌倉幕府によって流罪となった日蓮がこの地で生活していたことから、後世に建てられた寺である。

 

大室山から城ケ崎海岸までの一帯は伊豆高原と呼ばれ、別荘地が広がる。

自然や歴史に触れながら、優雅に休暇を過ごすにはもってこいの地である。

地球絶景紀行 ― タヒチ ―

地球絶景紀行。今回は南国の楽園、タヒチへ向かう。

wikipedia:タヒチ島

 

正式には南太平洋のフランス領ポリネシアに属する。

タヒチ島ソシエテ諸島にある島だ。

首都はパペーテ

画家のゴーギャンが晩年に住んでいた島である。

また、冒険家のヘイエルダールが南米から筏で南太平洋を漂流した際の到達地点としても有名である。

 

番組ではタヒチ島には訪れず、隣のモーレア島からスタート。

 タヒチ島の西隣に位置する。

火山島であり、ゴーギャンは海に浮かぶ古城とたとえた。

切り立った峰々がそびえたち、伝説の数多く残る島である。

 

続いてボラボラ島

世界で最も美しい島とも言われ、水上コテージが立ち並ぶ。

ビーチ好きなら一生に一度訪れてみたい島だろう。

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綺麗な海。それだけで十分である。

 

最後はランギロア島。

小さな島々が連なってできているこの島。

周囲230kmにも及ぶラグーンを誇る。

海中には溢れんばかりの魚たちが泳ぎ回る。

水深が低いのでシュノーケリングでも十分だそうだ。

島の風景と相まって、天国にやってきたかのような感慨を覚える。

世界ふれあい街歩き ― モンマルトル ―

今回の世界ふれあい街歩きはフランスの首都・パリのモンマルトル地区。

wikipedia:モンマルトル

 

 パリで一番高い丘である。

元々はパリと違う自治体に属していたが、1860年にパリに併合された。

 

サンドニ大聖堂の由来となった聖ディオニュシウスが殉教した場所と伝えられている。

また、ザビエルやロヨライエズス会の創設を誓った場所ともされている。

 

長い間パリ郊外の農地であり、ブドウ畑と風車がシンボルであった。

 

19世紀半ばから都市化が進み、繁華街となった。

現在でもキャバレー・ムーランルージュなどに名残を見ることができる。

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赤い風車という意味のこの建物。実際に赤い風車が備え付けられている。

 

その後は芸術家の町となる。

ピカソゴッホルノワールジャン・コクトーなどがこの地で活動を行った。

ゆかりの場所を探訪するだけでも時間が足りなくなるだろう。

 

現在では歴史的地区としてパリでも有数の観光地となっている。

19世紀に建てられたサクレ・クール寺院は40年もの歳月をかけて完成した。

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しかし、観光スポットを少し離れるとかつての郊外の雰囲気が残る場所もある。

わずかながら残ったブドウ畑は画家ブールボが中心となってブドウ畑を整備。

治安が悪かった時代に子供たちが安心して遊べる場所となり、現在ではワインも作られている。

 

ワイン片手に丘の上からモンマルトルの街並みを眺めて一日を終えるのも贅沢な旅行だろう。

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