地球絶景紀行 ― フィンランドのオーロラ ―

地球絶景紀行。今回はフィンランドでオーロラをハンティング。

wikipedia:フィンランド

 

 首都はヘルシンキ。人口は530万人ほど。

面積は日本よりやや小さい。

かつては資本主義でありながら、ソ連の影響下にあった。

現在ではその立場を利用し、東西貿易の窓口としての地位を築き、世界でも有数の生活水準となった。

 

東京からヘルシンキへの直行便は10時間半。最も近いヨーロッパともいわれる。

 

まずはコリ国立公園へ向かう。

 フィンランド最高の展望ともいわれる。

900㎢にも及ぶ巨大な湖(フィンランド4位だが)のピエリネン湖に浮かぶ無数の島々を眺めることができる。

展望台までのルートはややきつめの散策路。できるだけ歩きやすい靴が良いだろう。

道中の森の中も日本とは違う風景を楽しむことができる。

 

続いてフィンランド北部のロヴァニエミへ向かう。

町の中心から8kmほど北に行くとサンタクロース村がある。

フィンランド最大の観光スポット。サンタさんに手紙を出すとここから返事が届くのだ。

 

ロヴァニエミは少数民族サーミ人が多く暮らす町である。

第二次世界大戦によって町は破壊されてしまったが、フィンランドの著名な建築家アルヴァ・アアルトらによって復興を遂げた。

 

この町でもオーロラを見ることは可能だが、さらに北上することに。

サーリセルカという小さな町へ向かう。

 

小さな町のため、すこし歩くとオーロラ観測スポットにたどり着ける。

そして、ついにオーロラを見ることができた。

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オーロラの仕組みは完全にはまだわかっていない。

ただ、北極と南極の共役点と呼ばれる場所で同時に起こっているそうだ。

極寒の中、数時間待ってでも見る価値のある不思議な光景である。

世界ふれあい街歩き ― エディンバラ ―

世界ふれあい街歩き。今日はイギリスに属するスコットランドエディンバラ

wikipedia:スコットランド

 

イギリスの正式名称はグレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国である。

スコットランドグレートブリテン島の北部に位置する。

人口は500万人強。イギリスを構成する4つの国(カントリー)の一つである。

 

エディンバラスコットランドの首都とされており、人口ではスコットランド第二の都市である。

wikipedia:エディンバラ

 

人口は50万人ほど。古くから行政、商業の中心として発展した。今でも金融業や小売業が盛んである。

 

エディンバラのシンボルは何といってもエディンバラ城

岩山の上にそびえたち、町を見下ろしている。

中世の建物が多く残っており、展示物も充実している。

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一方現役の宮殿がホリールード宮殿。

王族の避暑地として使われているが、使用されていないときには一般公開されている。

隣接した場所には歴代のスコットランド王が埋葬されているホリールード・アビーという修道院の跡もある。

 

 

エディンバラは歴史的人物を多く輩出している。

カールトン・ヒルという小高い丘はナポレオンと戦ったネルソン提督の記念碑や政治家のダグラス・スチュアートの記念碑が設けられている。

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近くには文豪であるウォルタースコットの記念碑も。

 

歴史の古い町にふさわしくスコットランドを代表する聖ジャイルズ大聖堂やロスリンチャペル、さらに国立の博物館や美術館が並び1日ではまわりきれない町である。

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旧市街地を散歩するだけでも時間を忘れてしまいそうである。

 

ところでスコットランドと言えばスコッチウイスキーが有名である。

NHKのドラマ「マッサン」でもおなじみであるが、エディンバラにはスコッチウィスキーのミュージアムもある。

日本語の解説もあるそうなのでぜひ立ち寄ってちびちび飲んでみたい。

 

エディンバラに所縁のある著名人は電話を発明したグラハム・ベルや進化論のチャールズ・ダーウィンに宝島やジキルとハイドを著したスティーブンソンが有名である。

私的に最もなじみ深いのは名探偵シャーロック・ホームズの生みの親、コナン・ドイル。彼の生家はパブになっている。名前はそのままコナン・ドイル

目の前にはホームズの銅像が建っているそうだ。

 

 

せたな町 ― 奇岩と攻めの観光ポスター ―

今日はせたな町について調べてみた。

wikipedia:せたな町

 

人口は約8500人。日本海に面した漁業の町である。また、離島を除くと北海道最西端の町でもある。

 

2005年に瀬棚町、北桧山町、大成町が合併してできた町である。

 

道の駅は旧大成町域にある「てっくいらんど大成」。

海水浴場のすぐそばにある小さめの道の駅だ。

てっくいとはヒラメのこと。

ヒラメはユーモラスな外見とは裏腹に性質が凶暴で手にも食いつくことからてっくいと呼ばれている。

 

町内には南北に縦断する国道229号、今金町・長万部町方面へ向かう国道230号が通っている。

 

 かつては国鉄瀬棚線が長万部町国縫(くんぬい)駅との間を通っていたが、1987年に廃止となった。

旧北檜山駅、瀬棚駅跡には記念碑も残されている。

 

荒々しい日本海に面した町であり、海岸線にはスポットが多い。

瀬棚町では瀬棚区のシンボルの三本杉岩が有名だ。

高さ30mの三つの岩が海岸近くにそびえている。

 

少し内陸に行くと牧草地が広がる立象山展望台から海岸を眺めることもできる。

ここはキャンプ場も併設されているので、宿泊して夕日を見るのも良いだろう。

 

また島牧村との境目付近には茂津多岬灯台がある。

ここは日本で一番高い灯台である。

(海抜ゼロメートルから灯台の先端までの高さが一番高い)

灯台そのものの高さが高いわけではなく、高い場所に立っている灯台ということだ(笑)

 

ここは日本初の女医、荻野吟子が開業した地でもある。医療だけではなく文化活動にも大変貢献し、開業の記念碑が建てられている。

 

北桧山町は海岸線よりも内陸部が中心であった。

町役場はそのまませたな町の町役場となっている。

玉川神社の水仙は全国水仙サミットの舞台にもなり、町のカントリーサインになった。

狩場山登山道途中の熊戻渓谷は熊でも戻ってくるほどのけわしい谷という由来で名づけられた。紅葉の時期が特にお勧めだそうだ。

 

旧大成町は久遠漁港を中心とした漁業の町。

久遠郡大成町の久遠郡という名がが今も引き継がれている。

ここは親小熊岩というアイヌの悲しい伝説が残る岩が有名。

これは本当に親子の熊が向かい合っているように見える。

この辺りを通るときはぜひ立ち寄ってほしい。

 

他にも奇岩が多く、のんびり海岸線を眺めながらドライブするのがお勧めだ。

 

また太田山神社という超アドベンチャー神社も有名だ。

参拝するには海岸沿いの崖を登って行くのだが、はっきり言って危険である。

複数で、明るい時間帯に行くことをお勧めする。

松前藩の祖である武田信弘にも縁があり、道南でも屈指の歴史を誇る神社である。

 

せたな町のカントリーサインは3つの町のシンボルがそれぞれ描かれいてる。

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最後に、この町の観光ポスターは道内でも有数のインパクトを誇る。

最初に注目を浴びたのは冬のソナタをモチーフにした「夏のセタナ」

ヨン様もどきとチェジウもどきが寄り添っているポスターが北海道のコンクールで最優秀賞に選ばれた。

 

その後もビリーザブートキャンプやサザン、オバマ大統領、ローマの休日、ローラ、大谷翔平ドラクエ、最後の晩餐、ゲスの極み乙女などを喚起させるユニークな観光ポスターを毎年作成している。

 

http://www.town.setana.lg.jp/industry/syoukou/article68.html 

 

2017年はどんなポスターになるのか楽しみである。

空から日本を見てみよう ― 高松市 ―

空から日本を見てみよう

今回は香川県の県庁所在地である高松市

wikipedia:高松市

 

人口は40万人強。

江戸時代は高松松平家の治める高松藩の城下町として栄えた。

近代では国鉄宇高連絡船岡山市と結ばれており、四国の玄関口として発展してきた。現在でも国の出先機関や大企業の支店、四国の企業の本社が多く立地している。

日照時間が長く、降水量が少ないため塩田が盛んであった。

一方で大きな川がなく、渇水に悩まされることも多かったがダムの整備などにより近年では解消されつつある。

 

JR予讃線高徳線及び高松琴平電鉄が市内を通っている。

また、四国を代表する港町でもあり、近畿方面、山陽方面、瀬戸内海の島への連絡船の発着港となっている。

 

 

かつてのシンボル、高松城は明治時代に取り壊され、建物は一部が残っているのみとなった。跡地は玉藻公園として整備されている。玉藻とは高松城の別名であり、柿本人麻呂の和歌が由来である。

 

代りにシンボルとなったのが高松シンボルタワーである。

オフィス、イベントホール、商業施設などが入居し、四国屈指の床面積を誇る建造物となった。

 

四国最大の人口を誇る町であるが、自然豊かな景観や古い歴史も特徴的である。

屋島平安時代末期の源平合戦の舞台となり、那須与一が扇の的を弓で打ち抜いた場面が有名である。

現在は遊歩道が整備されており、寺院や水族館に展望台など高松の有名スポットの一つである。

 

屋島山麓には屋外型博物館の四国村がある。

江戸~明治時代にかけての民家、産業施設、灯台などが復元され展示されている。

また、安藤忠雄設計のギャラリーも建てられた。

 

高松でもっとも有名な公園は栗林(りつりん)公園である。

ミシュランの三ツ星にも認定された日本庭園であり、安土桃山~江戸時代にかけて造営が行われた。

大名庭園と呼ばれる、江戸時代に造園技術が最も発展した時期の日本庭園である。

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高松市の域内には離島も含まれている。

中でも男木島、女木島はセットで雌雄島と呼ばれている。

男木島灯台は日本に二つしかない無塗装灯台であり、日本の灯台50選にも選ばれている。

地球絶景紀行 ― カッパドキア ―

地球絶景紀行。今回はトルコのカッパドキアを目指す。

wikipedia:トルコ

 

人口は7500万人。首都はアンカラ

最大の都市はアジアとヨーロッパの境目のイスタンブールである。

 

政治、経済的にはヨーロッパの一員として活動しておりEUに参加申請中である。

一方民族、文化的にはアジアの色が濃く、国土も地理学的には大半がアジアに属している。

15世紀から18世紀ころまではオスマントルコが大帝国を築き上げた。

 

最初に向かったのはヒエラポリスーパムッカレという名の世界遺産

ヒエラポリスはローマ帝国時代の温泉保養地の名前。

現在でも劇場や浴場の遺跡が残っている。

 

パムッカレとはトルコ語で綿の宮殿という意味である。

ここは石灰岩に浸透した雨水が地熱で暖められて温泉となり、その温水中の炭酸カルシウムが沈殿して真っ白な棚田のような景観となっている。

 

続いてはこちらも世界遺産カッパドキア

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火山の噴火後、堆積した凝灰岩などが風雨の浸食によって、世界でも類を見ない奇岩が立ち並ぶ風景となった。

 

3姉妹の岩、妖精の煙突など名前を付けられた風変わりな岩、岩、岩の連続である。

 

一見人の住む余地はないように思えるが、迫害を受けたキリスト教徒たちが隠れ住んでいた。現在でも残っているセリメ修道院スターウォーズのロケ地だ。

また、巨岩に穴をあけ、要塞化したのがウチヒサル。ここは現役の住居で人が住んでいる。

他にも至る所に地下都市がある。見学できるのはごく一部のようだが、それでもかなりの広さだ。

 

そしてもっとも有名なのがこれらの遺跡群を気球から眺めるツアー。

空からこの不思議な光景を眺めるのも圧倒されるだろう。

 

しかし、見渡す限りの奇岩群と空に浮かぶ気球のハーモニーはまさに映画の中の世界としか思えない。

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世界ふれあい街歩き ― シンガポール ―

世界ふれあい街歩き。今回はシンガポール

wikipedia:シンガポール

 

人口は500万人超。シンガポール島及び60を超える島々からなる。

小国ながら世界的な貿易、金融の中心地となるほどの発展を成し遂げた。

 

華人が多く、マレー系は10%を超える程度である。また、インド系も9%ほどの人口だ。

多くの人が第二言語として英語を話すことができる。

国全体が一つの都市でもある、都市国家である。

 

国名の由来はサンスクリット語で「獅子の町」という意味から。

その由来ともなった伝説に登場するのがマーライオンである。

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シンガポールのシンボルでもあるこの像。

向こうに見えるのはマリーナベイサンズという巨大なホテル。

屋上には巨大な船を模したプールが設置されている。

カジノなどもあってとても有名になったが部屋の質はそうでもないらしい(笑)

 

ホテルというと、ラッフルズホテルやグッドウッドパークホテルなどコロニアル建築の歴史あるホテルもある。

これらは世界的に見ても最高級ホテルと位置付けられている。

かつてはチャップリンジョン・ウェインなども宿泊したことがある。

 

 大都会のシンガポールだが、市内には世界遺産に選ばれた植物園がある。

 

当初は実験植物園として1820年ごろに研究施設として整備された植物園であるが、日本の侵略などを乗り切り、現在では東京ドーム13個分の広さの敷地に多種多様な植物がひしめいている。

全て見て回るには3時間ほどかかるそうだ。

 

熱帯の大都会。見ているだけで暑そうであるが、ヒンズー教の寺院に中華街にアラブストリートと色々な文化が混ざり合って熱気倍増である。

 

しかし、建物の中をじっくり見る観光よりはエネルギッシュに町中を歩き回る方が楽しいだろう。

 

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島牧村 ― ドラゴンと瀧 ―

今日は島牧村について調べてみた。

wikipedia:島牧村

 

人口は約1500人。

漁業が盛んな村である。

 

道の駅も船の形をした建物で、水槽の生きた魚介を食べることができるバーベキューレストランもある。また島牧知ろう館という学習センターも併設されている。

 

村を縦断する国道229号はほぼ海岸近くを通るため、車窓から見える日本海島牧村の売りの一つである。

村の南北には本目岬と茂津多岬という岬がある。

観光地化はされておらず岬の先端や灯台まで行くにはやや困難だが、近くの海岸や漁港から見る風景はなかなかのものである。

 

一方島牧村の大半は山地・森林であり1万ヘクタール以上のブナ原生林が繁っている。

村の中心部から南へ10kmほど細い道を山奥へ走っていくと駐車場がある。

そこからさらに1kmほど遊歩道を歩くと、北海道有数の巨大な滝が目の前に現れる。

 

これが島牧村カントリーサインにもなっている賀老の滝だ。

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高さ70m、幅35mもあり、大瀑布と言って良いスケールだ。

クマとの遭遇には注意した方が良い場所ではあるが、一見の価値はあるだろう。

 

また近くの河原にはドラゴンウォーターと呼ばれる天然の炭酸水が湧き出ている。

鉄分が多く含まれており、便秘などに効用があるそうだ。

賀老の滝の竜神伝説からドラゴンウォーターという名前がついたのだろうか。

 

このあたりは独特の地質をしているのか、鄙びてはいるが変わった泉質の温泉も数か所あり、温泉通ははしごもやぶさかではないらしい。

漁り火温泉は残念ながら休業中のようだが、他は健在だそうである。

 

道内の市町村でもなかなかスポットの当たることは少ない場所ではあるが、調べてみると情報通だけの隠れ家のような村であった。