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アンパンマンショップ ― アンパンマンだけじゃない ―

鳥沼公園でお昼ご飯を食べた後は、北の国からで有名な麓郷へ向かう。

もっとも一度もテレビを見たことはないし、時間もないので関連施設は素通り。

 

向かったのは親子連れの聖地、アンパンマンショップ。

 

ジャム園とアンパンマンショップが並んで建っている。

駐車場は並んでました。

 

北の国から関連を超えるスポットになったかもしれない。

 

アンパンマンショップは1階がグッズの売店。2階はアンパンマンギャラリーになっている。訪れた時は着ぐるみのアンパンマンと写真を撮ることができるイベント中だった。めっちゃ並んでいたので写真は取れなかったけど、うろうろしている我々に手を振ってくれた。さすがアンパンマンである。

 

このミュージアムはやなせたかし氏の意向で作品に自由に手を触れて良いことになっている。小さい子どもたちが楽しんでくれればそれで良いのだそうだ。

 

外にはアンパンマンのキャラクターの石像もあったりして記念写真もばっちり。

うちの娘はドキンちゃんがお気に入りだ。

 

さて、隣のジャム園ではここのオリジナルジャムを手に入れることができる。

種類が豊富すぎて迷う。こっちも大盛況だった。

ここの2階にもやなせさんのギャラリーがある。

こっちはアンパンマン以外の作品が展示してあった。

 

さらにやなせさんの来歴も

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三越の包装紙をデザインした話はマジびびった。

「手のひらを太陽に」の作詞も知らなかったな~

次元大介みたいな格好もしてたり。

 

アンパンマンのギャラリーもかっこよかったが、こっちもなかなか良かった。

今さらながらやなせたかしという人物に興味がわいた。

 

ここはあまり季節は関係ないので富良野の観光シーズンを外していくのも良いと思う。

 

やや後ろ髪をひかれながらも帰途に就く。

 

最後は富良野マルシェでお土産購入。

 

 

ゴールデンウィーク ― まずはお弁当を食べる ―

2017年のゴールデンウィークは概ね天候に恵まれていた。(北海道は)

5月3日は家族で富良野市へ向かった。

札幌から高速を通って滝川インターまで突っ走り、その後は赤平市芦別市を通って富良野市へ向かった。

 

途中遅い車がいたので、富良野に着いたのはお昼近く。

最もそのおかげで警察の厄介にならずに済んだので痛し痒しか。

 

お弁当を持参していたので公園で食べることにした。

向かったのは鳥沼公園。

 

東屋でお弁当を食べている家族や散歩している人、ボートに乗っている人などがいた。

観光地というよりは地域ののどかな公園かな。

我々もさっそく弁当を広げる。

 

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2歳の娘もご満悦。

 

食事の後は少しだけ散歩。

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池?沼?の周りは芝生になっていて気持ち良い。

レジャーシートを広げるには最高だ。

 

どんぐりもたくさん落ちていた。

子供はとりあえず拾うよね。

 

ホントは遊歩道があって散策できるのだが次の目的地へ向かうことにした。

 

ここは富良野の東側にあって、市街地からは少し離れている。

かつては無料のキャンプ場で長期滞在者でごった返していたようだが、廃止となって久しいらしい。

 

ここから麓郷方面へ向かったわけだが、途中道道253号という道を通った。

時間がなくて写真を撮れなかったが、ここはかなりの景観である。

とくにハートヒルパーク展望台は富良野市を一望できる場所であり、次回は必ず立ち寄ることにしよう。

 

 

三段滝 ― 融雪期は激流 ―

日高町から再び国道237号に。

時間の都合で占冠村、南富良野町富良野市を通過。

いずれゆっくり訪れよう。

 

富良野市の中心部で国道237号から国道38号へ。

さらに、市街地を抜けて少し進むと道道135号に進路を変える。

この道は札幌圏から富良野への最短ルートである。

道道135号はまだ工事中である。富良野側から国道452号にぶつかるところまでは通行可能だが、美唄市へ向かうルートはまだ開通していない。

しかし近年中に工事終了予定らしく、この道ができるとまた車の流れが変わるのだろう。

 

道道135号線を進むとすぐに芦別市に入る。国道452号にぶつかって南下ししばらくすると三笠市に入る。

 

富良野市のはじから三笠市桂沢湖を越えるまではほとんど停まるスポットの無い山道である。

季節限定の果樹園があるようだが、4月の中旬では開園には程遠い。

 

そんな道で唯一と言って良い休憩スポットがこちら。

 

三段滝と呼ばれる滝である。

その名の通り三段に分かれて見えるらしい。(実際は細かく10段ぐらいにわかれているそうなのだが・・・)

 

夏季であれば、三段に見えるようだ。

雪解けで水量の多いこの時期はご覧のとおり。

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結構な激流である。

滝にかなり近い所まで遊歩道が整備されているのだが、かなりの迫力であった。

岩の上やぬかるみを歩いたりするので足場はあまり良くない。注意して歩こう。

 

ここはトイレもあり、駐車場もまあまあのスペースがあるので山道の運転に疲れたら一休みすると良いだろう。

 

ただし人里離れた山の中なので、もちろんヒグマの生息地である。

夜間は注意した方が良い。

日高町日高地区 ― 富内線の終着駅 ―

国道237号線を北上していくと、日高町域に入る。

 

平成の大合併にて旧門別町と旧日高町が合併してできた町である。

当初は平取町も含まれていたが、途中で脱退となり、飛び地合併となった。

 

内陸部の旧日高町地区は国道237号と国道274号の交差する町である。

札幌、帯広・釧路、旭川、苫小牧と北海道を代表する都市への幹線が合流する地点とあって、長らく交通の要衝としての地位を占めてきた。

特に国道274号を通るドライバーには長い峠道の間にあるオアシスのような地点であり、道の駅もかなり賑わっていたと聞く。

 

しかし、道東道の全面開通によって国道を通る車はかなり減った。さらに、2016年の台風によって日高町と十勝方面を結ぶ日勝峠が不通となってしまう。復旧工事は進められているものの再度開通するのはまだ先のようだ。

 

午後1時頃道の駅を訪れた。土曜日の昼間であるが、雪がちらついている天気もあってか、駅の中は閑散としていた。

幌加内そばのお店で昼食をとる。客はほとんどいなかった。

 

道の駅の近くに旧富内線日高町駅の跡がある。

 

 ここから占冠駅へ連結させてさらにその先の金山駅根室本線と合流する構想があったが、実現には至らず。

国道274号が開通するまで、札幌や苫小牧方向との連絡を担ってきたが、自家用車やトラックの普及、林業などの衰退などによって鉄道の存在意義が問われるようになったこともあり、富内線廃線と共にその役目を終えた。

 

現在は駅の敷地があった場所に記念の石碑が置かれている。

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場所はわかりにくく、文字は薄くなっている。知らないとたどり着けないだろう。

 

富内駅や振内駅と比べると、駅の存在感は大きくなかったのだろうか。

この町にとっては道路の開通の方が大きな出来事であったような気がする。

 

北海道でも特に山深い位置にある町である。

日高山脈の名を冠しており、ある意味では最も日高地方らしい風景の町でもある。

 

 

再び富内線跡 ― 平取町振内 ―

国道237号線を北上していくと、程なくして振内(ふれない)の集落に到着。

国道から脇にそれて市街地に入っていく。

 

この町にも富内線の遺構が残されている。

かつての振内駅に行ってみた。

 

 

駅舎はなくなったものの、代わりに鉄道記念館という建物が造られていた。

f:id:kamonji224:20170505044710j:plain内部を見学するには町役場に連絡が必要らしい。

 

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北海道の開拓を支えた義経号。

平取町には義経公園もあるのだ。

北海道にはいくつか源義経の伝説が残されているが、この公園には義経神社があってご神体が安置されているという。

学問的には眉唾の話だろうが、おそらくアイヌに伝わる民話に徐々に義経の話が溶け込んでいったのだろう。物語ができていく過程はどうだったのか興味がある。

 

 

 

閑話休題

駅のホームへ向かう。

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構内跡はかなり広い敷地である。

 

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線路跡にはSLが展示されている。

 

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客車も展示されている。夏はライダーハウスとして使用されるらしい。

 

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車両や駅名標は風雪との戦いでかなり傷んでいた。

 

 広い敷地から見てかなり賑わった駅だったのだろう。

国道237号線もかつては交通量の多い路線であり、鉄道と交差するこの地は要衝であったことは想像に難くない。

 

鉄道が役目を終え、国道274号線や道東自動車道が整備されてからは道路の交通量も減り、平取町は静かな町となった。

 

当初はここから来た道を戻り、門別付近を見てみるつもりであったが予定を変えて富内線の路線に沿って進むことにした。

といってもこの先に整備された廃線跡はないのだが、せっかくなので北上して日高町へ向かう。

二風谷ダム ― アイヌについてはまたの機会に ―

むかわ町の富内集落から再び道道74号へ。

途中で道道59号に進路を変えて平取町へ向かう。

 

 

平取町沙流川流域に集落が点在していた。

 

道道59号と国道237号が交差する辺りが町の中心地。

 

国道237号を北上すると二風谷(にぶたに)ダムが見えてくる。

 

ダムを訪れる前に一か所寄り道。

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旧マンロー邸。

イギリス人の学者、マンロー博士が住んでいた住宅兼病院。

博士はアイヌの研究のために二風谷に移住し、研究と奉仕活動に生涯を捧げた。

現在は北大の所有となっている。内部には許可がないと入れないが、近くまで来ることは可能である。

 

 

さて、地図を見ると分かる通りここはダム湖の畔である。

 

まず、ダムを見たい方はここから南へ。

 

 

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ここのダムってちょっと変わった形をしているのだ。

重力式コンクリートダムではあるのだが、逆から見るとよりわかりやすいか。

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堤頂は北海道の重力式コンクリートダムでは一番長い。

貯水位の変動に合わせて自動で追随するスイングシュート式魚道を設置。

オリフィスゲートが7門設置されているなど、道内ではなかなか珍しい形をしているのがわかる。

 

雨脚が強くなってきたので、少ししか歩けなかったが天気の良い日にゆっくり眺めたい。

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さえない天気である。

 

ダムカードを欲しい方は、平日はここでもらえる。しかし、管理事務所が休みの日は移動が必要だ。

 

 

沙流川歴史館。無料の博物館だ。

ダムカードが欲しい方はここの受付でいただこう。

せっかくなので展示も見ていくとよい。沙流川流域の古代~アイヌ時代~現代に至るまでの歴史や自然について展示されている。

遊歩道もあるのでダム湖を眺めながらドライブで固まった体をほぐすのも良いだろう。

 

二風谷ダムは、この地に暮らすアイヌの人にとって聖なる場所であった。

ダムの建設に当たっては裁判にもなるなどそうとうすったもんだがあったが、半ば強引に建設してしまったらしい。

そんなこともあってか、ここには先ほどの沙流川歴史館の他にもアイヌ文化博物館や工芸品展が並んでいる。

また、国道237号の逆側には萱野茂二風谷アイヌ資料館もある。

萱野茂という人は国会議員なども務め、アイヌ民族の地位向上に尽力した人物である。

今回は時間がなくて訪れることができなかったが、別の機会に時間を設けて見学してみたい場所だ。

富内線 ― 銀河鉄道の朝 ―

穂別町の市街地を出て、旧富内線の跡を巡ることにした。

 

ちなみに穂別駅は市街地にあった。

現在では公園となっている。

 

 

富内は鵡川の対岸を通る道道131号を通り、さらに分岐する道道610号沿いにある集落だ。

 

当初富内線はこの集落にある駅が終着点だったため、富内線と名付けられた。

その後日高町まで延長されるも、路線名は変わらず。

 

根室本線金山駅と接続する計画はかなわないまま廃線となって久しいが、この富内駅跡は鉄道が通っていた時代の設備が整然と残されている。

という紹介を見て、行ってみることにした。

 

穂別市街から10分少々車を走らせる。

山間の小さな集落に入った。

 

少し進んで、左手に曲がると駅が見えてきた。

 

 

 

 

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まだ休日の午前9時過ぎだからか、人気はない。

噂通り、駅はきれいに保存されている。

 

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富内線の経歴。往時はどれだけ賑わっていたのかはわからないが、炭鉱の街とはまた少し違う顔を持っていたような気がする。

 

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駅舎は鍵がかかっていたが、ホーム側に出ることは可能。

 

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駅名標や線路はきれいに整備されている。

 

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車両も保存に手が掛けられていることがわかる。

中に入れるか確認するのを忘れてしまった。

某サイトでは銀河鉄道をイメージした色に塗装されたのではとの推測があったが、果たして実物はどうだったのだろう。

 

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銀河へと続く鉄道をイメージして線路が上に向かって途切れている。

この駅は文化財として登録されたそうだ。

宇宙飛行士の毛利衛さんもアドバイザーらしい。

宮沢賢治と所縁があったのかはわからない。しかし、過去の記憶をそのまま残しただけではなく、発展的にアレンジした試みとメンテナンスを怠っていない事は素晴らしいと思う。

 

夜に来るとまた違った雰囲気かもしれないが、この静かな場所によそ者が暗くなってから来るのは迷惑だろう。

かといって早朝もどーなのかと思うが、いずれにせよマナーを守って見学させてもらうのが良いだろう。

 

ちなみにこの先、道道610号は舗装が途中でダートに変わり、通行止め。

さらに途中で分岐した道道131号も路肩決壊のため2017年5月時点で通行止めが続いている。

かつての終着駅は鉄路からアスファルトの道に姿を変えても、終着点のままだった。

銀河へ続く線路は銀河しか行先がないから銀河へ向かうのだ。

ゆえに孤独で美しくて哀しく見えるのだろう。まさに宮沢賢治の世界である。