小樽を歩いてみる、一人で ― 手宮線の脇には ―

時間がないので総合博物館はまたの機会にとっておくことにする。

 

手宮線跡の遊歩道から一本海側の道を通って小樽駅方面に戻ることにする。

 

この道の途中にも歴史的建造物があるのだ。

 

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日本郵船小樽支店。

日本郵船という会社は日本郵便とは関係なくて、三菱グループの船運会社であるということを知ったのは恥ずかしながら30歳を過ぎてからである。

ここは中に入って見学することも可能だ。

 

 

 

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隣には当時使われていた倉庫も残っている。

こちらは現役で使用している方がいるようだ。

 

これらの建物の向かいには公園がある。

その名も運河公園。

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噴水で鴎がのんびりしていた。

 

公園内にも歴史的建築物があった。

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こちらは日本石油(現JX)の倉庫だったそうだ。

それにしても天気が悪くてぱっとしない写真である。

 

有名な観光エリアからはちょっと離れているが、天気の悪い朝でも観光客と思しき人がちらちらいた。

 

 

小樽を歩いてみる、一人で ― 終点 ―

手宮線の遊歩道も終わりに近づき、振り返ってみる。

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ずーっとこんな感じで住宅街の間を線路が通っているのだ。

 

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最後(最初)の説明版。

よくここまで頑張って整備したと思う。

 

遊歩道に別れを告げて道路を渡る。

 

そこにあるのは、小樽市総合博物館

 

 

ただし、こちら側にあるのは正門ではない。

 

 

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ちょっと読みにくいが記念碑。

 

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指さし確認・・なのか

 

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柵の向こうには転車台。

この博物館では蒸気機関車が運行されているのだ。

 

左手の建物が受付になっており、こちらからも入場することはできる。

ただし、メインの施設は写真奥の方。あちらが正面入口である。

 

ここは鉄道関係の他に博物館や科学館も一体となって整備された施設である。

特に鉄道は貴重な車両が保存されていたり、蒸気機関車に乗ることもできるとあってなかなか人気のスポットなのである。

小樽を歩いてみる、一人で ― 国鉄手宮線 ―

色内駅跡を後ろに、どんどん進んでいく。

 

道路と交差するたびに説明版が立てられている。

 

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保存されている蒸気機関車の写真付き

 

 

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車止め。

ここが手宮駅のあった場所だ。

 

鉄道開設初期はこの先に桟橋駅という貨物駅があったが、明治34年に廃止となった。

 

ここまで、全てが遊歩道として整備されている。

全国の廃線跡でもここまで整備されているのはなかなか珍しいようだ。

なお、全てが整備されたのは2016年の冬なので、以前に歩いたことのある人ももう一度訪れてみてはいかがだろう。

小樽を歩いてみる、一人で ― 色内駅跡 ―

さて、歴史的建造物を眺めた後は、廃線を辿ることにする。

現在でもJR函館本線が市中を貫いているが、かつては南小樽駅から手宮線という路線が分岐していた。

まだ国鉄時代の話である。

 

空知方面から運ばれてきた石炭を小樽港から船で本州へ運搬していた時代、すなわち明治時代から昭和中期にかけての頃だ。

炭鉱の衰退と共に小樽の町も寂しくなっていく。

札幌が巨大化していったのとは対照的だ。

 

そんな時代に小樽の町中を走っていた鉄道跡が今も散策路として残されている。

 

南小樽駅にも線路跡が残っているが、その先はしばらく姿を消す。

最初に現れるのがここだ。

 

 

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町の真ん中に線路が残され、脇の遊歩道を歩くことができる。

 

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手宮線の由来が記載されている。

手宮ー札幌間は北海道最初の鉄道だった。すなわち、今の小樽駅は後になってから建てられた駅なのである。

 

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ベンチにも蒸気機関車の絵が。

 

f:id:kamonji224:20170724231059j:plainスタンドバイミーとはちょっと違うが、哀愁は充分に感じられるだろう?

 

進んでいくと、色内駅跡にたどり着く。

 

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100年を超える歴史があった。

 

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色内駅について。

手宮線は貨物運搬が主であったが、この駅は町の中心に近いこともあって旅客が多かったようだ。

 

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今は待合所のような雰囲気となった。

 

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往時の色内駅。

自分が写りこんでしまったのはご愛嬌。

 

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この先も、線路は続く。

小樽を歩いてみる、一人で ― 北のウォール街 ―

水天宮の港側の階段を下って、小樽駅方面へ向かう。

 

寿司屋通りを越えて、もう一本先に行くと歴史的建造物が並ぶ通りがある。

 

まず最初に日本銀行旧小樽支店

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昔は札幌じゃなくて小樽にあったんだよ~

今でも無料で観覧可能。ここは一度入ってみる価値はあると思う。

 

 

 続いて斜め向かいにあるのが

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北海道銀行本店。

今はレストランになっている。

 

変な角度からしか撮れなかったが

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三井物産小樽支店。

シンプルな意匠が特徴である。

 

この通りには今も郵便局の本局や北洋銀行の小樽中央支店があって、かつての繁栄の名残をかすかにとどめている。

 

また、意外なところではハローワークの建物が小樽都市景観賞を受賞したりなんかしている。

隣に建つ日銀支店が運河側から見えるよう、建て直しを行ったそうだ。

その際に周囲の歴史的建造物に相応するようなデザインに設計したらしい。

 

今では飲食店やお土産屋さんなども並ぶ通りになっているので、観光に来たらぜひ歩いてみよう。

小樽を歩いてみる、一人で ― 水天宮 ―

7/16 朝早く目覚めたので、小樽に行ってみた。

 

市役所の駐車場は土日解放されているので、車を停めていく。

 

 

公園通という細い道を通って海側へ向かう。

 

坂を下って国道を渡ると飲み屋街、商店街、そして鉄道の高架下をくぐって住宅街となり、また登りとなる。

 

途中にあった小樽市指定歴史的建造物

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小樽聖公会

聖公会とはプロテスタントの源流をルーツとする宗派である。

ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴さんの奥さんのリタさんもここに通っていたらしい。

ニッカ工場への道中に寄ってみるのも良いだろう。

ちなみにこの教会の手前には鳥居があり、さらに教会の隣はお寺が建っている。

色んな宗教が仲良くやっているようで、理想的な形のようにも思える。

 

 

 

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市役所からは結構下ってきたのだが、鳥居の手前辺りからは急な登りになり、通ってきた道を見下ろせるようになる。

天気が良ければもう少し良い眺めだろう。

 

そして坂を上っていくと、水天宮という神社にたどり着く。

 

 1859年に創立という、北海道ではなかなかの歴史を持つ。

 

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坂を上って行った先に社殿がある。

 

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登ってきた道と逆側から小樽港を一望できる。が、

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木が茂りすぎていて・・・

 

小平町 ― 鰊番屋をシンボルに ―

今日は小平町について調べてみた

wikipedia:小平町

 

人口は約3千人。

日本海沿岸、小平蘂川に沿って開けた町である。

 

国道232号、通称オロロンラインが日本海沿岸に沿って南北に町を貫いている。

かつては鉄道の羽幌線、天塩炭鉱鉄道、達布森林鉄道が存在していたが今ではすべて廃線となっている。

 

臼谷駅、小平駅跡は公園となっているようだ。

 

廃線となった駅跡が道の駅に姿を変える事例は少なくないが、この小平町の道の駅は違う形となった。

 

町の北部、鬼鹿地区に道の駅は建てられた。

隣には花田家番屋という史跡が建っている。

小平町の網元であった花田家の鰊番屋は明治38年に建築され、今では町が所有する国指定の重要文化財となっている。

現存する鰊番屋としては国内最大の大きさのようだ。

道の駅は隣に建てられ、最近リニューアルされた物産館と食事施設が並んでいる。

農水産物やにしん料理がおすすめである。

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また、道路の反対側には松浦武四郎が詠んだ歌碑が建てられ、夕日スポットにもなっている。

 

上記のとおり沿岸部はかつてニシン漁で栄え、現在も名残を残している。

一方で山間部の主要産業は炭鉱と林業であった。

 

鉄道によって留萌炭田の北炭天塩炭鉱から石炭を運び、さらに人造石油の研究開発も行っていたようだ。また、同時に木材の輸送も盛んに行われていたようだが、石炭の枯渇とトラック輸送への転換によって1967年に廃線となった。

天塩炭鉱鉄道は小平市街を経由せず、山間部の達布地区から留萌駅へ直接線路が通っていた。

 

また、それから20年後には羽幌線も廃線となり小平町から鉄道は消えた。

 

炭鉱はほぼ姿を消し、山間部には小平ダムが建設された。

下流の公園には等身大クビナガリュウが設置されている。

小平町は恐竜の化石も出土し、その筋ではそれなりに有名なようだ。