今回の空から日本を見てみようは、香川県第二弾。
まずは坂出市からスタート。
人口は5万2千人ほど。
瀬戸大橋の四国側玄関口となっている。
沿岸部にはかつて塩田が広がっていた。
現在は臨海工業地帯が広がっているものの、日本の塩の50%以上を製造する日本海水の工場があり、今なお塩づくりが盛んである。
保元の乱の後、崇徳上皇が配流された地であり、由縁のある名所が多い。
次は宇多津町。
人口は約1万9千人。
香川県で最も面積の小さい自治体である。
かつては塩田が広がっていたが、坂出市と共に臨海工業地帯が発展した。
続いて丸亀市。
人口は11万人ほど。香川県第二の都市である。
団扇の生産が盛んであり、全国生産量の90%を占めている。
丸亀城は江戸時代途中から京極氏の治める城となった。
源流は鎌倉時代にまでさかのぼる古い家柄であり、明治時代までしぶとく生き延びた。
京極高次、高知兄弟は信長、秀吉、家康に仕えそれぞれ外様大名として領地を持った。
現在も丸亀城は市のシンボルである。
瀬戸内海の塩飽諸島は古来より海上の要衝であり、優秀な水夫を多く輩出した。
江戸時代に太平洋を横断した咸臨丸の水夫は7割が塩飽諸島出身であった。
続いて多度津町。
人口は2万3千人。
陸路、海上交通の要衝として栄え、JR土讃線の起点である。
四国の鉄道発祥の地としても知られる。
また、少林寺拳法の総本山でもある。
最後は琴平町
人口は約9千人。
金刀比羅宮は金毘羅さんとも呼ばれ、海上交通の守り神として信仰されている。
神仏習合の寺社であり、真言宗や役小角に所縁があると言われているが、真偽は不明である。
江戸時代には伊勢神宮に次いで庶民のあこがれの地だったそうだ。
丸亀や多度津の港も金毘羅参りの参道口として栄えた。
また土佐国(高知県)との主要街道でもあり、脱藩した坂本竜馬や中岡慎太郎が通ったとも言われている。