空から日本を見てみよう ― 松江から出雲大社へ ―

今日は2014年1月7日放送の空から日本を見てみようで紹介された島根県の東部について調べてみた。

 

最初は安来市

wikipedia:安来市

 

人口は4万人弱。

弥生時代から古墳時代にかけて出雲地方を支配していた強力な王朝の中心部であったと考えられている。市内の造山古墳は国内最大級の方墳である。

またたたら製鉄も古代より盛んであった。隆盛は明治時代半ばまで続く。市内の和鋼博物館は日本最大級の製鉄に関する博物館であり、たたら製造関連や日本刀などが展示されている。かつて司馬遼太郎も訪れ、紀行文集「街道をゆく」にも収録された。

また、足立美術館横山大観コレクションと日本庭園で有名である。

 

続いて奥出雲町

wikipedia:奥出雲町

 

人口は1万2千人。2005年に仁多町と横田町が合併して発足。

山間部の盆地を中心に発展した、 砂鉄によるたたら製鉄が盛んであった地域である。

 

現在も日本で唯一たたら製鉄を行っている工場がある。ここでは日本刀の材料となる玉鋼・和鋼を生産している。

 

また大馬木川上流には鬼の舌震という巨岩や甌穴が数多く露出している峡谷があり、遊歩道も整備されている。与謝野晶子がこの地を訪れた時にいくつもの和歌を詠んだことでも知られる。

 

続いて雲南市

wikipedia:雲南市

 

人口は約3万8千人。島根県では唯一海に面していない市である。

大東町加茂町木次町三刀屋町掛合町吉田村が合併して新設された。

南部は中国山地、北部は出雲平野に属し標高の差が大きい。

尼子氏の拠点の一つであった三刀屋城や日本の滝百選に指定された竜頭八重滝が名所である。

 

続いて松江市

wikipedia:松江市

 

人口は約20万人。

宍道湖や中海、中国山地に挟まれた位置にあり、山陰最大の人口を擁する都市である。

島根県の県庁所在地でもある。

古代から奈良時代の遺跡が多く、アジアとの玄関口であったことも窺える。出雲玉作史跡公園では出土品を展示した資料館や、竪穴住居の復元などを見ることができる。

中世には京極氏や尼子氏の支配下にあった。

関ヶ原の戦後、堀尾吉晴が藩主となり、松江城を築城。

現在でも改修はされているものの天守が現存し、国宝に指定されている。

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北側の堀沿いの通りは塩見縄手と名づけられ、武家屋敷の街並みが残る。

また文学者小泉八雲の旧居や明々庵という茶室などの史跡も見どころだ。

 

西部の宍道湖汽水湖であり、生息する魚類も豊富である。

北岸を一畑電鉄、南岸を山陰本線が通っている。

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嫁が島と夕日。

松江城や大山などを背にした写真も可能で、撮影スポットは多い。

 

東部の中海には大根島、江島という島があり、道路で本土と結ばれている。

共に牡丹の栽培が盛んで、庭園を訪れる人も多い。

 

北部の日本海沿いは島根半島に属し、複雑な海岸線を持つ。加賀の潜戸や美保関灯台などの景勝地が見所だ。

元日本代表の小村選手の出身地である。

 

最後は出雲市

wikipedia:出雲市

 

人口は約17万人。

出雲平野を中心に北部の島根半島、南部の中国山地と多様な地形を持つ。

神話の舞台となった地であり、荒神谷遺跡、西谷墳墓群、今市大念寺古墳など大規模のの古墳が発見されている。

また出雲大社須佐神社など歴史の古い神社の存在から、朝廷との結び付きも強かったと考えられている。

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出雲大社。祀られている大国主命は縁結びの神様として知られる。

空港の名前にまで縁結びが使われるのだから浸透力はとてつもない。

 

出雲大社の裏手、半島部分は険しい地形で日御碕の灯台は世界の灯台百選にも選ばれた。

また木造躯体の出雲ドームやシジミの有名な神西湖に奇岩や断崖、石柱が並ぶ立久恵峡などもぜひ訪れるべき場所と言えるだろう。