今日は2014年5月20日放送の空から日本を見てみようで紹介された和歌山県の和歌山市~有田川町について調べてみた。
まずは和歌山市
人口は約35万人。
紀ノ川の河口に位置し、御三家の一つであった紀州藩の城下町として栄えた。
豊臣秀吉の弟・秀長が築城し、関ケ原の戦い後浅野氏の居城となる。
浅野氏は広島藩の福島正則が改易となった後に転封となり、代わって徳川家康の十男頼宣が城主となり御三家の一つとなった。
城下町らしく、名所旧跡が市内に数多く残っている。
十代藩主の治寶が造園した養翠園は海水を引きこむ汐入が特徴的で、中国の西湖を模したものといわれる広大な庭園。
雑賀崎の先端にある番所庭園は見張り番所を整備したもので、夕日の名所として知られる。
また太田城、中野城、雑賀城、玉津島砦など戦国時代にこの地を支配していた雑賀衆にゆかりのある城跡もわずかに痕跡を残している。
さらに古代の史跡として岩橋千塚古墳群は国の特別史跡となっている。
紀三井寺、淡島神社、紀州東照宮など格式の高い寺社も見逃せない。
古来より景勝地として名高い新和歌浦や軍事施設の遺構が残る友が島などの風景も和歌山市のオススメすぽっとである。
続いて海南市
人口は約5万人。
工芸の町として知られる。紀州漆器で有名な黒江地区は伝統的な攻防が並ぶ街並みが保存され、観光地となっている。
かつては棕櫚の産地であったため、たわしや箒、縄などの日用品を多く生産していた。
原料がプラスチック等に代わった現在でも数多い日用品を製造しており、特に水回り品は全国の8割近いシェアを占めている。また職人の手作業で、昔ながらの棕櫚で作ったものは今では伝統工芸のような扱いを受けている。
亀池公園は日本のため池百選に選ばれた。特に桜の季節が見どころである。
また隣の和歌山市と同じく長保寺、善福院、藤白神社など歴史ある寺社も特徴である。
その中でも熊野古道に点在していた熊野九十九王子の五体王子の一つ藤代王子は鈴木姓発祥の地とも言われている。
サッカー日本代表でも活躍した駒野友一の出身地。この記事を書いている時点ではアビスパ福岡からの退団が発表されたが新天地はいかに。同じ学年の前田、山瀬もまだ行き先が決まっていない・・・ちなみに自分も同じ学年なだけに気にかかるメンバーである。
続いて有田市
人口は2万6千人ほど。
有田ミカン、太刀魚の生産が盛ん。
蚊取り線香を初めて開発・製造した大日本除虫菊の創業の地。(商品名である金鳥の方が有名か)
地ノ島、沖ノ島さらには四国も見える景勝地であったが、石油精製所の建設で面影は失われてしまった。地ノ島は海水浴で人気である。
最後は有田川町
人口は2万5千人ほど。町の中央を有田川が通る。
みかん、山椒、蜂蜜の生産が盛ん。
有田川のアユやホンモロコなどの川魚漁も行われている。
あらぎ島の棚田は棚田百選に認定された。
かつて紀勢本線の藤並駅から有田鉄道線が通っていたが廃線となり、バス事業に転換された。終点の金屋口駅構内は鉄道公園に整備されている。