空知無人駅巡り ― 茶志内駅 ―

目次

 

 

1.茶志内

光珠内駅から北に向かうと途中で12号線はカーブして鉄道を跨ぐ。

ここが日本一長い直線道路の美唄側起点となる所だ。

ほどなくして線路も同じ方向へカーブして再び国道と並行して北へ向かう。

道路と線路が東西逆になって進むとすぐに美唄市の中心部。

美唄駅もこの付近にあるが、以前に訪れたことがあるので今回は飛ばしてさらに北へ。

 

やがて市街地が終わって再び田畑の広がる風景となる。

しばらく進んで右手に曲がったところが茶志内駅だ。

 

 

 

専用鉄道は茶志内駅のやや北側から分岐していた。

線路跡は全く残っていないが並行して走っていた北東へ斜めに伸びる道路はそのままである。

 

 

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横長の駅舎。

2002年までは貨物列車が運行していた。

建物下部の3色のラインは何だろう。

 

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駅前には石造りの農業倉庫。

 

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大きな跨線橋

しかし駅舎寄りの線路は剥がされているため、手前のホームは跨線橋を渡る必要はない。

 

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こんな感じで線路は剥がされている。

前方の広い敷地は貨物用スペースの名残か。

 

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ちょうど札幌方面から電車が来たので1枚パシャリ。

かつての線路がどこから分岐していたのかがよくわかる。

 

2.茶志内駅と近隣の歴史

茶志内地区は1891年以降の屯田兵の入植によって開かれた。

茶志内屯田兵は工兵隊に配属されていたらしい。

本部があったのは駅よりもかなり北。

元の兵村エリアは1946年に1/3ほどが奈井江町へ分割し、現在本部跡はほぼ農地で住宅が点在するのみ。

 

1916年茶志内駅が開業。

屯田兵村の番外地にできた商業地付近に駅が開業したようだ。

1952年に三菱鉱業茶志内炭鉱専用鉄道が開業。

炭鉱は現在の日塔地区東側にあったようだ。

 

1960年代の国土地理院地図の航空写真

 

ひときわ目立つ右上がりの斜めの直線が専用線

その後上村炭鉱の専用線も設置されたらしい。

 

1967年三菱鉱業専用鉄道廃止。同年に炭鉱も閉山となった。

 

日東地区メインストリートの現在

 

かつては炭鉱住宅がびっしりと並んでいた。

現在もかすかに痕跡があるようだ。

 

墓地のすぐわきにあった茶志内炭山郵便局。

 

1968年廃局。現在は危険なため解体済み。

すっかり長閑な田園風景になったこの辺りが炭鉱街であったことに気づくのは難しい。 

 

国土地理院地図の1970年代後半の航空写真。

 

駅の東側には新日本石油美唄油槽所があり、専用線もあった。

室蘭の本輪西駅との間で貨物列車も運行されていたが2002年をもって廃止。 

 

 

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