道北をいっぱい巡った。 ― 士別駅 ―

目次

 

  

1.士別駅到着

博物館からは剣淵川を渡るとすぐに士別市の中心部。

士別駅に到着だ。

 

 

駅横の駐車場に車を停めて士別駅を訪問。

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横長の駅舎。wikiによると1966年に改築された駅舎らしい。

50年を超え風格が備わってきたようにも見える。

 

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北の大地の入場券を購入。

士別市と言えばやはりサフォーク羊。

橋梁の上を走る単行列車をとらえた1枚でした。

 

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跨線橋はわりと新しめ。

一方ホームの上屋はそうとう古そうだが、この辺りはもう使われていない部分かもしれない。

 

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近くには赤茶色な壁の農業倉庫が並んでいた。

 

2.士別駅と近隣の歴史

士別の開拓は1899年、九十九戸の屯田兵入地に端を発す。

士別駅は1900年和寒駅からの延伸に伴い開業。

団体の入植もあって順調に人口が増え、1917年には上士別村を分村する。

1920年に上士別までの士別軌道が開通、1925年には奥士別まで全通。

この当時はまだ馬車鉄道。1928年に動力化される。

 

1936年には日本甜菜製糖専用線、1941年には士別貯木場専用線が開業。

農業林業の集積地として賑わっていたようだが、1959年士別軌道、1965年貯木場専用線が廃止。

日本甜菜製糖も工場は元気に稼働中だが、専用線は1986年に廃止となっている。

 

その他、日本海側の苫前、オホーツク海方面の滝ノ上駅への接続も検討されたが、調査のみで終わったようだ。

 

一方では1953年、国が人口8千人を一定の目安にした市町村合併推進をはじめる。

当時の士別町は隣接する温根別村、上士別村、多寄村と合併し同時に市制施行。

士別市が発足した。

さらに2005年、旧上士別村の東に位置する朝日町も合併、現在に至る。

 

1970年代後半の国土地理院地図の航空写真

 

 駅の西側から北西にかけての敷地が貯木場跡だろうか。

 

さらに北へ進むと宗谷本線から分岐して日本甜菜製糖への専用線が西にカーブしていくのもはっきりと見えている。

 

3.士別軌道と士別森林鉄道

上の写真では痕跡の見えない士別軌道だが、現在はバスの運行に事業転換している。

奥士別駅(現在の朝日町)と士別駅を繋ぐ木材輸送を主として運行されていた鉄道であった。さらに奥士別からは士別森林鉄道が敷設されていた。

現在士別森林鉄道跡はほぼ岩尾内ダム湖に沈んでいるそうだ。

 

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後日訪れた小樽総合博物館に展示されていた士別軌道の写真。

場所は不明だが小さな蒸気機関車と木造の立派な建物が映っている。

建物が駅舎なのかどうかは不明。

 

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さらにもう一枚

左下の写真に奥士別森林鉄道とあるが、おそらく上記の士別森林鉄道のことかと思われる。

 

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