札幌史跡探訪 ― 新川駅 ―

目次

 

1.新川駅

北24条通りからJR学園都市線を目指して西へ進む。

新川駅に到着。

 

 

隣の八軒駅と似た構造で、駅前広場はなく2面2線の高架駅。

 

駅入口横は通り抜け可能な歩行者通路になっている。

 

ホームは壁に囲まれ風雨を防げるようになっている。

 

周囲は住宅地で商店街などもない。

コンビニ・飲食店がわずかにあるのみ。

 

2.新川駅の沿革

1986年国鉄の新川臨時乗降場として開業。旅客のみ取扱。

1面1線の駅員無配地駅。当時はまだ地上駅。

1991年業務委託駅となり有人化。木造平屋建ての駅舎に改築。

1996年~1999年にかけて琴似駅新川駅間の高架化工事。

200年に現駅舎が完成し2面2線のホーム構造となる。

2012年桑園駅北海道医療大学駅が電化。

 

今昔マップより

 

1916年の国土地理院地図では、鉄道はまだ未敷設。琴似から麻生を通って創成川通りに合流する茨戸街道が記されている。

1950年の地図。すでに札沼線は開業済み。桑園駅の次は新琴似駅新川駅周辺はまだ農地が広がっている。

1970年代の航空写真。住宅街ができあがっている。まだ新川駅は未開業。

 

3.新川地区の沿革

新川は元々河川の名前。

琴似川と琴似発寒川の合流点より下流を新川と呼ぶ。

西区と北区、手稲区と北区の境界となり、小樽市銭函で海に注ぐ。

 

今昔マップより

 

1916年の地図で競馬場の西側を蛇行しながら流れる琴似川。

1975年の地図でもその名が確認できる。

現在は環状通の下を暗渠となって流れ、下手稲通り以北で再び姿を現し、中央区・西区・北区の境界点付近で北西に方向を変え直線化。

これは明治中期に舟運や治水・排水・道路整備のために掘削が行われたようだ。

この川には札幌中心部を流れていた多くの小川が流れ込む。豊平川扇状地であった市街地には小川の源流となる多くの泉があったが、やがて地下水の低下によって消滅。

わずかに北大・知事公館などに名残が残っている。

 

1887年に開通した新川運河と茨戸街道の交点にできた集落は、川の名をとって新川と名付けられた。

やがて集落は運河沿いに広がり茨戸街道を境に新川上と新川下に分かれる。

この頃はまだ後の琴似町域に属している。

 

1955年札幌市への編入時に新川上地区は北〇条西△丁目に地番改製。

新川下地区は新琴似地区と同様に新川〇条△丁目に区分。下流域は旧地番のままだったが、道道128号線より北西に位置する宅地化区域は新川西と新たに区分された。

 

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