道北をいっぱい巡った。 ― 美幸線資料館 ―

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1.美幸線資料館

美深駅の2階は廃線になった美幸線の資料館となっていた。

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この木で作られた蒸気機関車、実に素晴らしい作品だと思う。

 

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美深町歌登町枝幸町(えさしちょう)の3町を通る路線のはずであった。

 

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美深町の「美」と枝幸町の「幸」で美幸線。

綺麗な名前だが、儚い運命に終わった。

 

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ぺんけ駅。

現在は何の痕跡も残っていない。貴重な写真である。

 

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これはさよなら列車だろうか。

 

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ここにもジオラマ

これは実際の路線を模したものだったような。

 

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美深駅前に電車が停まっている。

 

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宗谷本線から分岐する美幸線。

 

2.美幸線の歴史

枝幸町は道北開発の拠点でありながら、宗谷本線への接続は浜頓別経由の遠回りを強いられていた。旭川、札幌への移動短縮を求めて請願されていた路線が美幸線である。

1964年にまず美深ー仁宇布間が開業。その先の歌登町には町営軌道が中頓別町と接続していたが、美幸線開業を考慮し1970年廃線

1976年に全線開業の予定であったが、1979年仁宇布駅より先が未通のまま工事凍結。

それ以前から国鉄最大の赤字路線であり、それを逆手にとって美深町長が東京で広報活動なども行ったが状況は改善せず。

1981年廃線承認、1984年貨物営業停止。

1985年9月17日、今から35年前、偶然にもこのブログを書いているのと同じ日に全線廃止となった。

 

廃線の痕跡は殆ど残っていないが、旧仁宇布駅は現在トロッコ王国となっており、実際にトロッコを運転して美幸線跡を走ることができる。

 

美幸線の駅跡。仁宇布駅からはほぼまっすぐ北へ向かい歌登駅を経由、北見枝幸駅で興浜北線と接続するはずであった。

 

 

3.美幸線の動画

 

貴重な映像ですね。

仁宇布駅の様子がよくわかる。

 

 

こちらは空撮。

美深駅周辺の様子もばっちり。

 

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道北をいっぱい巡った。 ― 美深駅 ―

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1.朝の美深駅

道の駅で一晩過ごす。

一度早朝に目が覚めたが、周囲は霧に包まれていて車を走らせても景色は何も見えそうになかったので二度寝

再び起きると天気が良くなっていたので顔を洗い、歯を磨いて出発。

昨日通った道を戻って美深駅に向かう。

 

 

 

国道40号線から道道680号線を東へ向かうと美深駅に到着。

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建物右上にJR美深駅の文字。

玄関には美深町交通ターミナルと称され、観光協会などが入居している。

町内にはスバルの試験場があることから応援の垂れ幕もかかっている。

 

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駅舎屋根には時計と鐘が設置されている。

見えにくいが「美幸の鐘」と記されている。

1985年に廃止された美幸線を忍んで作られたものである。

 

YouTubeで聞いてみた。

結構想定外な音色。

 

毎日15時に鐘が鳴るようだ。

 

 

 

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跨線橋

駅舎と比べると古そう。昭和の感じが漂う。

 

2.北の大地の入場券

窓口で北の大地の入場券を購入。

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紋穂内~恩根内間の林の中を走る一枚。

駅スタンプは町の北東部にある松山湿原の風景。

 

待合室にはジオラマが展示されていた。

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ごく最近設置されたばかり。

 

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これは架空の路線らしい。

中央を流れる川と深い峡谷が印象的 

 

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「美幸駅」というこちらも架空の駅。

 

観光協会で作ったのだろうか。

朝ドラのあまちゃんにもそんなシーンがあったような。

 

3.美深駅の歴史

美深駅は1911年名寄駅ー恩根内駅の開通に伴って開業。当初はアイヌ語の発音に近い「美深(ぴうか)」という駅名であった。

美深町の開基が1899年なので、鉄道の敷設は開拓の歴史に大きな影響を与えたことと思われる。当初は下名寄村という名の自治体だった。

1920年智恵文村分村の際に美深(びふか)に改称。

駅名は1951年に改められた。 

 

1935年、後の美幸線の源となる仁宇布植民軌道が開設。1942年には美深森林鉄道が開設される。1956年森林鉄道及び1962年に植民軌道が廃止され、1965年に美幸線が開業。

美深町林業が盛んで駅周辺には貯木場や製材所が多かった。

 

1970年代の国土地理院地図の航空写真。

 

今はただの空き地となっている広い構内がびっしりと木で埋め尽くされている。

駅舎の稚内側が貨物ホーム。裏手がストックヤード。

南北に製材所への引込線が引かれ、南東に進む美幸線も見えている。

 

しかし1982年貨物、1984年に荷物が取扱廃止。

1985年には国鉄最大の赤字路線と言われた美幸線も廃止。

現在、駅の周囲の製材所は姿を消した。

 

1987年JR開業の年に駅舎改築。

2004年に駅長廃止、2016年にみどりの窓口営業終了、簡易委託となって現在に至る。

 

 

 

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道北をいっぱい巡った。 ― びふか温泉 ―

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1.びふか温泉

南美深駅でついにこの日はギブアップ。

駅探訪はまた明日の朝からリスタートしよう。

というわけで今夜の寝床へ出発。

国道40号線を北へ向かい、美深町の市街地を通り過ぎてもう少し北へ向かう。

まずは道の駅びふかアイランドの裏手にあるびふか温泉でひとっ風呂浴びる。

 

 

 

公式HPより

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露天風呂はなし。

キャンプ場がすぐそばにあることもあって親子連れが多かった。

あまり広くはないのでキャンプシーズンは洗い場の順番待ちなどがあるのかもしれない。

 

同じく公式HPより

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湯温は熱くもなく温くもなくといったところか。

元々は銭湯だったようだが、1990年に冷鉱泉を掘り当てたらしい。

 

待合室には美深町の特産品であるチョウザメが泳ぐ水槽もあった。

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わかりにくっ(笑)

 

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天塩川には昭和初期までチョウザメが遡上していた記録があるそうだ。

温泉内のレストランでチョウザメ料理を食べることもできるらしい。

確か要予約。

 

2.森林公園びふかアイランド

さて、温泉を堪能し後は寝るだけ。

キャンプ場に泊まりたいところだが、すでに受付は終了している。

そもそもここは人気のキャンプ場で、初心者にはちと敷居が高そう。

長期滞在する人もいるらしい。

せっかくなので簡単に紹介。

 

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キャンプ場案内図。旧天塩川の流路変更によってできた三日月湖の周囲に作られたキャンプ場。三日月湖では釣りやボートもできるらしい。

 

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キャンプ場はフリーサイトにも車の乗り入れができるワイルドなスタイル。

 

この他にも入場無料のチョウザメ館や松浦武四郎の踏査の碑などがあって、またいつか昼間に訪れてみたい場所である。

 

 

3.道の駅びふか

せっかくキャンプ場が近くにあるのに残念だが、今日は道の駅の駐車場で車中泊

 

 

西洋風のコンクリート造りの建物と昭和のドライブインのような建物がくっついている。

レストハウスあうるのインド人シェフによる本場カレーや北海道らしい味噌ラーメンに、テイクアウトコーナーのジャガイモやカボチャのコロッケが人気らしい。 

 

コロナの影響もあってか車中泊の車は少なめ。

出入りする車も少なかったが、国道に面していることもあって時々大きな走行音が聞こえてきてなかなか寝付けなかった。

 

国土地理院地図の1970年代後半の航空写真

 

 三日月湖はできているが、中州はまだ原野のまま。

道北をいっぱい巡った。 ― 南美深駅 ―

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 1.南美深駅

智北駅から宗谷本線に沿って走る道路を進む。

天塩川にそそぐペンケニウプ川を越えると美深町

程なくして南美深駅に到着。

 

 

 

相変わらず周囲は田畑。

 

待合室前に車を停めて写真撮影。

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暗すぎて三脚なしではもう限界。

 

本来はこんな姿。

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ストリートビューより拝借。

緑がかった壁が特徴的な小さな待合室。

 

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ホームとスロープは板張り。

長さも短く、車両1両分に満たない。

 

駅周辺に民家は少なく、学生利用者は車での送迎が多いようだ。

 

 

2.南美深駅の歴史

南美深駅は1956年、地元の請願によって仮乗降場として設置。

1959年旅客駅に昇格。

2016年にJRから廃止の意向が伝えられるが、この時は一転して存続となる。

しかし2021年3月に廃止となることが正式に決定した模様。

 

駅に昇格したころは1日数百人の乗降があったとされる。

現在とは比べるべくもない。

 

国土地理院地図の1970年代後半の航空写真。

 

民家の数は同じくらいか。

 

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道北をいっぱい巡った。 ― 智北駅 ―

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1.智北駅

智恵文駅前の通りを少し戻って、道道252号線を北上。

右手に宗谷本線、左手に智恵文沼を眺めながら進んでいく。

智恵文沼は天塩川河跡湖で、治水の一環として水路の切替工事を行った。現在は釣り人が集まるようになった。

 

智恵文沼からもう少し進むと智北駅に到着。

 

 

グーグルマップに表示されている駅の位置からは少し東側に位置している。

 

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もう外は真っ暗。

おぼろげにしか見えなかったのが残念。

 

 

 

昼間に通るとこのような感じ。

本日何個も見てきた簡易的な待合室とホームだが、木造ではなくわりと頑丈な仕様。

 

踏切の向こう側は畑が広がっている。

 

2.智北駅の歴史

1959年、仮乗降場として開業。

1987年駅に昇格。

1991年旧道の整備により、道路が移転。

それに伴って踏切、駅も全て100mほど旭川側に移転となった。

 

1970年代後半の国土地理院地図の航空写真。

 

この移転があったため、ホームや待合室が古びておらず、綺麗なものになっている。

 

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