銀河ヒッチハイクガイド ― パニクるな ―

今日の話題は最近読んだ本について。

 

ダグラス・アダムス

「銀河ヒッチハイクガイド」(河出文庫

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫) | ダグラス・アダムス, 安原 和見 |本 | 通販 | Amazon

 

元々はイギリスのラジオドラマとして世に出た作品。

イギリスで出版されたのは1979年

SFコメディの古典的傑作として誉れ高い。

 

平凡な地球人アーサーはたまたま地球にいた宇宙人フォードとヒッチハイクをすることになる。冒頭から次々と襲い掛かるトラブルになすすべもなく翻弄され続ける。

この作品は全五冊のシリーズの第一作であるが、彼がこの後もトラブルに巻き込まれ続けることは火を見るよりも明白である。

この本を読めばバイパス、お役所仕事並びに掲示板、木曜日、ヴォゴン人、銀河帝国大統領、鬱病のロボット、42、ねずみってのがどれほどの大騒動を引き起こすものか知ることができる。

 

そして、イルカやトリリアンの言うことは良く聞いておくべきだと改めてわかるだろう。

 

最後に、いつ何が起こっても良いように、タオルは肌身離さず持っておくべきだ。

 

乙部町 ― 海のプール ―

今日は乙部町について調べてみた。

wikipedia:乙部町

 道南の西部に位置する海に面した町である。

人口は4千人弱。海岸に面したわずかな平野に集中している。

 

道の駅も海岸に近い国道229号沿いに面している。

 漁業、農業が盛んな町であるが、道の駅は小さくて直売所などはない。

そのかわりと言ってはなんだが、高台にあり眺望はなかなかである。

 

近くには海浜公園がある。

ここは防波堤に囲まれた海のプール。

短い夏を楽しむにはもってこいの場所である。

多少波が荒くてもプール内は静かなもの。急に深くなることもなく、バリアフリーにも配慮した老若男女が楽しめる海水浴場である。

また、駐車場からの眺めも乙なものである。

カントリーサインにもデザインされている、乙部町のシンボルである。

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山と海の間が狭いこともあって、海岸線に見所が多い。

河岸段丘の館の岬や柱状節理の鮪(しび)の岬などが有名だ。

館の岬を見るには宮ノ森公園からの眺めが良いだろう。

 

また、幕末の函館戦争の時に官軍が上陸した地としても知られる。

長州藩士の山田顕義(後の司法大臣)に率いられた軍が最終的に五稜郭幕府軍を破ることになる。

 

その後、山田は天才戦術家大村益次郎の跡を継ぎ日本の軍制を整備していく。用兵に長け、西郷隆盛らからも高い評価を受けていた。

欧州訪問の際にナポレオン法典と出会い、法律は軍事に優先することを信条とし、以降は法律の整備に生涯を捧げた。

民法、商法、民事訴訟法などの基礎を作り、日本大学の前身の日本法律学校の創立にも深く関わった。

 

 

 

 

 

 

 

空から日本を見てみよう ― 京成電鉄本線東京編 ―

今回の空から日本を見てみよう京成電鉄本線に沿って飛んでいく。

 

スタートは東京・上野駅だ。

 上のは台東区の西側に位置する。

wikipedia:台東区

台東区は人口20万人で、東京で最も古い市街地を有する。

面積は23区の中で最も狭く、商業地が大半である。

上野は北関東、東北、信越地方からの玄関口であった。

京成電鉄は東京から千葉の成田山新勝寺への参拝客の輸送を目的として設立された会社である。

 

区内では日本初の公園である上野恩賜公園不忍池西郷隆盛像、上野動物園etc..)や浅草寺寛永寺などが有名である。

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続いて飛んでいくのは荒川区

wikipedia:荒川区

 こちらも人口は20万人をやや超えるほど。

明治時代以降は下町の代表的な工業地帯であったが、現在は工場跡の再開発も進んでいる。

かつては大毎オリオンズのホームスタジアムである東京スタジアムもあった。

 

続いて足立区へ。

wikipedia:足立区

 人口は70万人弱。

隅田川、荒川が区内を流れている。

言わずと知れたビートたけし渥美清の出身地である。

ザイエローモンキーのベーシスト、廣瀬氏も足立区出身である。

 

 

 最後は葛飾区

wikipedia:葛飾区

 人口は約45万人

23区の中で世田谷区と共に地下鉄が通っていない区である。

寅さんとこち亀で御馴染みである。

 

日本のセルロイド工業の発祥の地でもあった。

(世界で初めて実用化されたプラスチックの一種。石油ではなく植物から生成される)

現在でもメガネのフレームやピンポン玉などに使われている。

 

 

 

 

 

 

地球絶景紀行 ― ノルマンディー ―

今回の地球絶景紀行はフランスのノルマンディー地方へ。

イギリス海峡に面するフランス北西部の地方である。

 

シードル[林檎酒のサイダー)の産地としても知られている。

 

最初に向かったのはセーヌ川河口の港町、オンフルール。

 

中世には貿易の拠点として栄えた。

また、印象派の画家が港を題材に多くの絵を描いたことでも知られている。

 

サントカトリーヌ教会やセーヌ川をまたぐノルマンディー橋でも有名だ。

 

 

しかし、ノルマンディー地方の最大の名所と言えばやはりここ。

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モン・サン=ミシェルである。

 

サン=マロ湾上に浮かぶ小島とその上に聳える修道院の総称である。

この辺りは潮の満ち引きが激しく、満潮時はあっという間に海が島を取り囲むそうだ。

 

かつてはケルト人の聖地であったが、10世紀ころにカトリック修道院が建てられる。

現在の姿になったのは13世紀。

何度にもわたって増改築が行われ、多様な建築様式が混ざり合っている。

 

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満潮時と干潮時では雰囲気も違うので、できれば半日くらいは過ごしたい。

 

 

 

世界ふれあい街歩き ― アモイ・コロンス島 ―

世界ふれあい街歩きシリーズ。

今回は中国福建省厦門(アモイ)へ。

 

まずは福建省について

wikipedia:福建省

 

中国の南部、沿岸地帯に位置する。

人口は3700万人ほどで、略称を閩(びん)と称している。

山地が多かったため、海外へ移住する者も多く、福建省をルーツに持つ華僑は多いようだ。

 

日本とのつながりについては

Amazon CAPTCHA司馬遼太郎街道をゆく 閩のみち」

に詳しい。

 

烏龍茶の産地としても知られている。

 

今回は福建省第二の都市、アモイへ向かう。

 

 厦門経済特区の一つであり、人口370万人の大都市である。

明の時代から貿易で栄えた港町である。

 

 アヘン戦争後イギリスに占領され、共同租界となり外国商館が建ち並ぶ町となった。

特にコロンス島には領事館が置かれ、現在でも観光地として名高い。

 

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 コロンス島を臨む。

 

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鄭成功の像。

明の滅亡後、再興を願って清に抵抗し続ける。

その後は台湾に逃れ、台湾の開発の基礎を築いた。

明の復興はかなわなかったが、台湾に駐留していたオランダ軍を打ち払うなどしたため、台湾では英雄の一人とされいてる。

明の再興を図っていたころ、勢力を蓄えていたのが厦門付近であったため、彼を記念する博物館も建てられている。

後志西部の旅 ― 岩内線幌似駅跡 ―

岩内町の市街地から国道276号線を通って、共和町へ。

共和町の役場付近で左に曲がる。

向かったのは幌似鉄道記念公園。

 

国鉄岩内線の幌似駅跡である。

 

あいにくの雨模様だが車を降りて、中を見学することにする。

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駅舎はきれいに復元されている。

 

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車両も保存されている。

 

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何の部屋だろう・・・?(笑)

 

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客車。嫁曰く、今の車両より天井が高い。座席が低いのかも・・・

 

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駅名標も綺麗に整備されているようだ。

 

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共和町の岩内線の他の駅はホームの痕跡がわずかに残る程度らしいが、ここはきれいに整備されている。在りし日の岩内線の駅の様子を伺うにはここがベストだろう。

なぜここだけ綺麗に整備されいてるのか?

町役場が近いとか、何か理由があるのかないのかはわからない。

雨のため、駆け足で眺めてそそくさと出発してしまった。

もう少し、じっくり見てみたい気もする。

 

この後は余市で昼食をとって、おうちへ帰りましたとさ。

後志西部の旅 ― 岩内町を巡る ―

岩内グリーンパークホテルの朝。

ひとっ風呂浴びて朝食をいただく。

美味しゅうございました。

 

ホテルを出発。

まず向かったのはすぐ近くにある場所。

 

荒井記念美術館。

 

美術にはとんと縁のない私だが(嫁はそんなことない)、多少興味をそそられる展示内容である。

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ここは結構大きい美術館で、3つのミュージアムがくっついた構造になっている。

 

まずはピカソの版画展。日本でも有数の所蔵数を誇るそうだ。

ここはじっくりと見た。サーカスを題材にしたものが多かったかな。

 

続いて隣の共和町出身の画家、西村計雄美術館。

ちょっと難しかった(笑)

 

最後は生まれ出づる悩み美術館。

作家の有島武郎岩内町出身の画家、木田金次郎をモデルに描いた小説、生まれ出づる悩み。

この本を題材に道内の画家が思い思いのシーンを油絵に描いた作品が展示されている。

 

ピカソのところは特にじっくりと見て、売店なんかも冷やかしていると結構な時間を費やした。とりあえず次へ向かう。

 

途中でダチョウ牧場や引退した競走馬が余生を過ごす牧場があったりと、興味をひかれる場所もあったのだが天気もあまり良くなかったのでスルー。

引退した馬が暮らす牧場なんて・・・小学生の時に愛読していたドリトル先生物語に出てくるお話そのままじゃないか。ホーストラストというらしい。

 

そして向かったのは市街地、港方面。

 

道の駅が道路を挟んだところにあったり、木田金次郎美術館や文化センターもあったりするのだが、公園自体もまあまあの広さがある。

 

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子供が駆け出すには最適な場所である。

 

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こんなオブジェもある。

ちゃんと鐘も鳴るのだ。

 

そしてこの場所のかつての姿も残されている。

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 そう、ここは国鉄岩内線の終着駅だったのだ。

1985年に廃線となった、ローカル線。

鰊をはじめとする海産物や石炭、鉱石などの輸送で活躍したが産業の衰退と共に鉄道も役目を終えたのだった。

 

寿都町瀬棚町方面への延伸も計画されていたようだが、実現することはなかった。

 

当初は馬車による軽便鉄道から始まったらしい。

共和町の小沢駅より函館本線から分岐し、岩内へたどり着く路線であった。

 

今では駅の面影はなく、この記念碑だけがひっそりと後世にかつての様子を伝えるのみであった。