幌内線を行こう ― 幾春別駅 ―

廃線となった幌内線の終着駅であった幾春別駅跡にやってきた。

 

 

1888年駅として開業する。

幾春別炭鉱や奔別炭鉱からの出炭を主としており貨物量は幌内線最大を誇った。

 

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他の駅と同様、記念碑が残っている。

周辺にはバスの停留所があるが、駅舎の面影を残すものは見当たらない。

 

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道路の反対側には開拓記念広場という小さな公園

 

2つの炭鉱があり、側線が多くヤードもかなり広い駅であったようだ。

 

人口も多く、百貨店などもあったらしい。

 

現在は、家屋も少なくなり、わずかな建物がかつての情景を彷彿とさせている。

 

幌内線を行こう ― 弥生駅 ―

廃線となった幌内線の跡を訪れるシリーズ。

今日は弥生駅跡の現在について。

 

 

弥生駅道道116号線から南側の脇道に入ったところにあった。

近郊の炭鉱から石炭の積込線であったが、付近住民の請願により仮乗降場そして旅客駅へと昇格した。

廃線の数か月前に駅舎が不審火で焼失。

現在は記念碑が残るのみとなっている。

 

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ここにも旧駅舎が描かれた石碑。

なぜか台座からずれている。

 

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裏面には三笠市長の言葉

 

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当日は桜吹雪が舞っていた。

面影はほぼないが、廃線の雰囲気たっぷりである。

幌内線を行こう ― 唐松駅 ―

廃線となった幌内線の跡を訪れるシリーズ。

次の駅は唐松駅

 

 

住友炭鉱の石炭搬出の貨物駅として活躍した。

 

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現在もきれいに整備され、いつでも現役に復帰できそうな佇まいである。

 

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この屋根の形はギャンブレル屋根というらしい。

北海道の木造駅舎ではなかなか珍しい形だそうだ。

 

中に入ることも可能らしいが、この日は鍵がかかっていた。

 

近隣には炭鉱住宅も並び、当時の雰囲気をよく残している場所である。

幌内線を行こう ― 三笠駅(幌内太駅) ―

廃線となった幌内線の跡を辿るシリーズ。

次は三笠駅跡

 

幌内炭鉱の石炭移送を目的に設置された北海道内で5番目に古い駅である。

 

1944年に幌内太駅から三笠駅と改称された。

 

駅跡は幌内線の敷設を指導したアメリカ人技術者にちなんでクロフォード公園と名付けられ、幌内線を記念する施設となっている。

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公園は三笠鉄道村の一部である。

 

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車両が静態保存されている。

 

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かなり広い敷地に多くの車両が並んでいる。

 

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恐竜が描かれたマンホールもあった。

 

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幌内太駅時代の駅舎が復元されている。

さわやかな色合いですね。

 

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レンガ積みのステージ。

ここも鉄道関連の建物だったのだろうか。

 

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跨線橋とホームは当時のものらしい。

 

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味わい深い木の造り。

 

ここから幌内炭鉱へ向かう支線と幾春別方面へ向かう本線が分岐していた。

支線の幌内駅跡は鉄道村のメイン施設になっているのだが、今回は見送って本線を辿ることにした。

幌内線を行こう ― 萱野駅跡 ―

廃線となった幌内線の駅跡を巡るシリーズ

 

続いては萱野駅跡

 

 

開拓当初より現代に至るまで農村地帯であり、1914年に開駅となった。

 

現在も改装された駅舎が残っている。

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木造の雰囲気ある建物。

シックな色遣いだ。

白い建物はトイレ。

 

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 これも当時のものだろうか。

 

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建物の内部を写そうと思ったが思ったが失敗に終わる。

 

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駅名票は復元されたものらしい。

栄町駅がなく、三笠駅も旧名の幌内太駅になっている。

 

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復元されたホームと保存されている車掌車。

 

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駅舎のイラストも描かれている記念碑

かっこいい

 

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裏面には廃線時の三笠市長の言葉が刻まれている。

 

まわりは農業倉庫が並び、早朝の気持ちのいい景色であった。

幌内線を行こう ― 栄町駅跡 ―

1987年に廃線となった国鉄幌内線の跡を訪ねるシリーズ。

岩見沢駅の次は栄町駅であった。

 

現在は住宅街の中にひっそりと記念碑が残っている。

 

元々は仮乗降場と呼ばれる簡素なつくりの停車場であった。

周囲は農地に向かない粘土質の土地だったことから、早くから宅地化が進み団地や新興住宅地となっている。

 

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 記念碑には栄町駅というより幌内線についての文章が記されている。

小樽ー幌内間の鉄道は道内で最も古い路線であり、JR転換後初めて廃止となった路線であった。道内のみならず日本国内の鉄道史においても、省くことのできない路線である。

 

 

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在りし日の栄町駅の姿。

 

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裏側は車輪とレール

ちなみにこの記念碑、かなり大きいです。

 

 

幌内線を行こう ― 岩見沢駅 ―

ゴールデンウィーク最終日

天気はイマイチだが最後の羽を伸ばしにドライブへ。

まずは国鉄幌内線の跡を辿ることにした。

スタートは岩見沢駅から

 

現在は函館本線の途中にあるやや大きい駅、という位置づけにすぎないが(室蘭本線との分岐ではあるが)かつては空知随一、道内でも屈指のターミナル駅であった。

 

その片鱗が構内の広さなどに残っている。航空写真で見ると分かりやすいね。

 

駅周辺にはいろいろあるのだが、

とりあえず岩見沢駅のわがまちご当地入場券を購入

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冬景色で真横からの一枚。

駅スタンプはバラとあやめ

 

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裏面にはバラとワインと鉄道の町と記されていた。

 

さて、この岩見沢駅は広い構内を横切る長い自由通路(跨線橋)がある。

そこから見える駅の敷地の様子は鉄道ファンにはかなり楽しいのではないだろうか。

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・・・知識が不十分なのと天気が悪いのと撮影の腕がひどいので、なんだかよくわからない写真になってしまった。

かつては東日本最大の操車場を誇っていたという。

石造りの建物の横には転車台もかすかに見える。

 

その自由通路を渡って北口に出ると、目の前には巨大なレンガ造りの建物がある。

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岩見沢レールセンター事務室

道内のレールの製造・加工を一手に引き受けている現役の工場の事務所である。

1898~99年ごろに建設され、極めて希少性の高い建物としてその筋では名高い。

当初は北海道炭鉱鉄道の修理工場であり、社章である五稜星のマークが刻まれている。

現存するものはこれが唯一とも言われている。

 

最後に再び駅舎の中へ

観光協会も複合施設の中に入居しているのだが

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こんな展示があったりする。

 

どうやら駅舎内の至る所に鉄道に関する展示があるらしい、ということを帰ってから知った。岩見沢駅、また来るぜ。