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夕鉄のあった風景 ― 栗山駅は現役です ―

昼近くなり、栗山町の市街地に向かう。

どこかで食事をとろうかと思ったが、とりあえず栗山駅に行ってみた。

 

 

 

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駅はバスターミナルにもなっている。

建物は立派だが、町の施設を併設しており駅自体はそれほど広くない。

 

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駅のすぐ横にはレンガ造りのJAの建物。

夕鉄で江別から運ばれたレンガが使われたのだろうか。

 

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室蘭本線の時刻表。

かつては岩見沢ー苫小牧間も石炭の輸送で賑わっていただろうが、今はローカル線である。

ただ、栗山駅前はシャッターの閉まっている店も少なく、道内の市町村では活気のある方だと思う。

バスターミナルがあることも関係しているかもしれない。

駅前の駐輪場は自転車でいっぱいだった。

 

かつては室蘭本線と夕鉄の接続する大きな駅であり、構内も広いままである。

 

飲食スペースでうどんをいただく。

こういった施設の飲食店で日曜も営業しているのは珍しいのではないだろうか。

 

この後、北長沼駅跡を探索するも、痕跡はわからず。

 次の場所へ向かった。

夕鉄のあった風景 ― 栗山町の夕張鉄道沿線 ―

栗山ダムから南へ向かう。

 

やがて道道3号線にぶつかり、継立(つぎたて)の市街地に出る。

 

ここには夕張鉄道の旧継立駅の駅舎が残っているのだ。

 

 

夕張鉄道江別市野幌駅(のっぽろえき)から夕張本町を結んでいた鉄道。

北炭の子会社であり、夕張の石炭を小樽へ運ぶために建設された。

炭鉱の閉山と旅客の減少で昭和50年に廃線

夕鉄は現在も存続しており、バス路線を運営している。

 

継立駅は企業の事務所として使われていた。

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建物の裏手は広い空き地になっていた。廃材のようなものが置かれている。

構内は広かったのだろうか。

近くにはJAの倉庫もあり、石炭だけではなく農産物も運搬していたのだろう。

継立市街地は飲食店などもあり、車通りも多く寂れた感じはなかった。

 

続いて夕張方面の新二岐駅跡(しんふたまたえき)へ向かった。

ここも駅舎が残っているのだが・・・

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使用されなくなってしばらく経つのだろう。

破れた窓ガラスが多い。

この辺りになると農地も増えてきた。

 

かつてはここから角田炭鉱へと分岐する専用鉄道もあった。

二岐という名の由来はここからきているのだろう。

今は夕張鉄道のバスと物好きの鉄道ファン以外にこの地で足を止める者はほぼいないのではないだろうか。

栗山ダム ― パークゴルフがお盛ん ―

岩見沢市を出て栗山町に入る。

 

最初に向かったのは栗山ダム。

 

 

ここはダムの下流パークゴルフ場になっている。

今まで行ったダムで一番人が多かったダムだ。

 

まずは下流側の柵の手前まで行ってみる。

 

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少し放水していた。

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続いてダム湖側へ向かう。

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展望台は通行止めになっていた。

 

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ダム湖。風で水紋ができていた。

 

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天端からパークゴルフ場を眺める。

写真では見えないが、結構な人数がプレーしていて駐車場も8割方埋まっていた。

 

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放水の様子。迫力はないね。

 

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ダムの管理棟の対岸。

こちらにはダム湖の名前が記されていた。

 

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天端。夜はライトアップされるのだろうか。ただの外灯か。

 

この後、パークゴルフ場の管理棟でダムカードをいただく。

名簿を見ると自分の前に来た人は三重県からやってきたようだ。

強者である。

 

受付の女性からダムはもう見てきたか聞かれる。

はい、見てきましたと言うと気を付けてお帰り下さいとのこと。

 

たいしたやり取りではないが、ダムカードをもらいに来る害のない変人を相手にもったいない心遣いてある。

 

今まで10枚のダムカードをもらって来たが、どこの対応も親切丁寧であった。

ダムカードコレクターの訪問を受け入れてくれるということは、ダムの存在も地元に受け入れられていると思って良いのではないだろうか。

 

我々のようなよそ者ではなく、地元の人にとってもダムカードの普及がきっかけで改めてダムを発見したのであれば、カードを作る意義もあるのではないだろうか。

岩見沢郊外 ― 赤電車との遭遇 ―

万字線沿線を離れて、次の目的地に向かうことにした。

 

道道38号から脇道に入る。

 

畑が広がる丘陵地帯を気持ちの良いドライブ。

 

やがて道道30号にぶつかる所で、あれ?

 

電車?

 

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車を停めてじっくり観察。

 

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後でわかったことだが、ここは大地のテラスというレストランの敷地内。

2015年の3月末で老朽化により廃車となった711系と言われる車両を鉄道愛好団体がクラウドファンディングによって2両の保存に成功。

この場所で飲食・イベントスペースとして新しい役目を仰せつかったわけだ。

 

確かこの話は北海道ファンマガジンというサイトで見たことがあった気がする。

 

ちなみにこの711系というやつは私が高校・大学時代に通学で乗っていた車両である。

 

パッと見た時にもしやと思っていたが、後で調べて間違いないことが分かった。

 

幼いころに余市町の祖父母の家に行くときなどにも利用していたこともあって一番なじみの深い車両である。

通学時は朝の混雑した車内にうんざりしていたが、最も落ち着く車両でもあった。

 

思わぬところで旧友らしきものに出会って若干動揺気味である。

今回は素通りしたが、確認が取れたのでいつの日か再会を果たそうと思っている。

 

国鉄のあった風景 ― 万字線鉄道資料館 ―

道道38号を岩見沢市街地に向かって戻る。

 

途中美流渡の市街地で道道を離れ、町の北側へ。

 

向かったのはここ。

万字線鉄道資料館という建物が奈良町というところにある。

美流渡は旧栗沢町域内だったが、奈良町は岩見沢市に属していた。

それぞれの自治体が鉄道資料館を近距離に作ったらしい。

 

ここも通常は開いていないがとりあえず建物を見に行く。

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まわりは住宅が少しと畑、そして山

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うろうろしていると通りかかった女性に声をかけられた。

「中をご覧になりますか」

「え、開けれるんですか?」

「鍵取ってきますのでちょっと待ってください」

そんなつもりはなかったが、せっかくなのでみせていただく。

すごい偶然。汚い恰好をしていなくて良かった。

 

 

ほどなくして戻ってこられた。

「ここは町内会で管理してるんです。でも1~2年したら別の場所に移るんじゃないかなあ。市も予算がないみたいだし」

確かにその通りだろう。それにしても偶然が続く。

 

見学者名簿に記入する。週に一人くらいいるようだ。

「私には価値わからないけど、すごく喜ぶ人もいる(笑)」

かなり前の町内会長さんが集めた資料だそうだ。

上志文と朝日駅のものが多いらしい。やはり旧岩見沢市の管轄ということが影響しているのかな。

 

許可をもらって写真を撮らせてもらう。

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現役バリバリのSL達

 

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駅スタンプ。このうち2つは実際に押せるようになっている。

 

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エキゾチックな顔立ち。マネキンの資料としての価値はどうなんだろう。

 

ざっと写真を撮ってもう一度見てみる。

にわか鉄道ファンとしては大満足である。

お礼を言って建物を出る。

気を付けてお帰り下さい、と温かい言葉をいただいた。

 

という訳で今後資料がどうなるかわからないので、興味のある人は早めに訪れるべきである。玄関に連絡先がはってあるので電話すると開けてもらえる。土日も関係ないそうである。 

もちろん常識的な時間にマナーを守って訪れよう。

 

廃線跡めぐり、はまりつつあるな・・・

 

国鉄のあった風景 ― 万字線万字炭山駅 ―

万字線の終着駅、万字炭山駅を目指す。

その名の通り、炭鉱のすぐ側にあった駅である。

跡地は炭鉱を含めて公園に整備されいてる。

 

道道38号から脇道へと向かう。

万字小学校からは戻る形となる。

万字炭山森林公園と書かれた看板に示された細い道へ行く。

 

小さな橋を渡ると

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建物跡らしき遺構があった。事前に得た情報ではここに駅があったらしいのだが、正確にはわからない。

先へ進むと公園の管理棟があった。

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かなり広い公園である。

うっすらとズリ山の頂上らしき場所が見えたが、だいぶ高い位置だった。

 

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並木道と青い空。

炭鉱が稼働していた時は人でごった返していたのだろう。

今は人影もなければ、物音一つしない。

 

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所狭しと家が並んでいる。

山奥ではあったが、寂しさとは無縁だったであろう。

ボタ山とズリ山は同じ意味で、商品にならない質の悪い石炭を廃棄してできた山である。

 

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駐車場。

紅葉の時期はさぞかし色鮮やかだろう。

 

公園を歩いてみようかと思ったが、熊が怖くてやめた。

川一つ向こうには人家があるのだが、この辺りはすでに人間だけのエリアではない気がした。

 

万字炭鉱は地質条件が良くなく、地盤が脆弱で出水も多かった。

1976年の台風による坑道の水没から復旧できないまま閉山を迎えたそうだ。

今では100人に満たない人口が住むばかりとなった万字地区であるが

  • 万字大平
  • 万字幸町
  • 万字巴町
  • 万字仲町
  • 万字睦町
  • 万字曙町
  • 万字英町
  • 万字寿町
  • 万字旭町
  • 万字西原町
  • 万字錦町
  • 万字二見町
  • 西万字

これだけの町名を持つ大きな町であった。

 

当初は朝吹家という個人が開いた炭鉱であったが、北炭に譲渡される。

朝吹家の家紋であった卍にちなんで万字という地名になったという。

 

とりあえず、廃線跡巡りは終了。

夕張方面に抜けることもできるが、来た道を戻ることにした。

もう一か所行ってみたい場所がある。

 

 

国鉄のあった風景 ― 万字線万字駅 ―

美流渡駅跡から万字駅跡へと向かう。

 

しかしここで大きな過ちを犯す。

 

鉄路は途中で道道38号から離れ、もちろん万字駅も道道38号とは接していなかったのだ。事前に何となく調べてはいたのだがうっかり忘れてしまい道道38号を進む。

 

万字駅跡はここである。駅舎は現存し、簡易郵便局として今日も現役で稼働中である。

しかし、道を間違えて見学することはかなわなかった。

 

道を間違えたまま進み続けて、駅があったと勘違いしたのがここ

 

 

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なんとなく駅っぽい建物にみえてすっかり勘違い。

 

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踏切があったりするし

 

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これもホームに上がって行くように見えた。

万字駅は建物の裏にホームがあるところは覚えていたのだが・・・

本物は登るのではなく降るのだった。

 

 いよいよ終点の万字炭山駅を目指すのだが、その前に寄り道。

 

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万字小学校の閉校記念碑である。

 

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近くには開校70年の記念碑もあった。

 

道道38号もかなり奥の方へやってきた。

炭鉱が栄えていた時はもっともっと奥まで人で賑わっていたのだろう。

平地が少なくなって来たこともあり、一層山深さを感じる。

この辺りは果樹園が多い。炭鉱から転業したのだろうが、わりと成功しているように聞く。こういった成功例はあまり多くないのではないだろうか。