炭鉱と廃線 ― かみすながわ炭鉱館 ― 

目次

 

1.かみすながわ炭鉱館

道路を挟んで立坑櫓の反対側にあるかみすながわ炭鉱館にも行って見る。

 

2005年に一度閉館となったが、その後開館期間を限定して再開。

冬季を除く土日に開館しているようなので、訪れる人は注意。

 

まずは屋外の展示から。

 

坑内で石炭を箱生んでいたトロッコ列車

ここは屋根がついており、保存状態に配慮されている。

 

まあだいぶ錆びているのはしょうがない。

 

電気機関車と蓄電器車両で構成されていた。

 

水力採炭用の自動モニター。

モニターとは石炭を破砕し、採炭する機械だそうだ。

 

小さい戦車のようなマシンと保護するための外枠。

ここから水を噴射して石炭を破砕していたのだろう。

 

続いてはブルドーザーのような重機。

 

破砕したズリ等を集めて、炭車に載せていた重機。

 

奥に見える尖った山はズリ山だろうか。

 

入口には坑夫の像が建っている。

 

「敢闘像」というタイトルだそうだ。

 

2.かみすながわ炭鉱館フロア内

というわけで、さっそく館内を見学。入館料は無料だ。

まずは上砂川市街と炭鉱のジオラマ

中央立坑ができる前の町の様子。

この頃は第一坑が中心だったと思われる。

 

 

西山・奥沢地区も数多くの住宅が並んでいる。

 

坑道のようなトンネルをくぐって地下フロアへ進む。

 

炭鉱坑内のような薄暗い地下フロアで出迎えてくれるのは立坑櫓の模型。

 

うっすらとライトが当たって幻想的な姿。

 

ここは開拓と炭鉱の歴史を展示した資料館。

町の黎明期にやって来た人たちは開墾に慣れていて、確実に進めていったようだ。

 

開拓当初に人々が住んでいた住居。ここで北海道の寒さをしのぐのは大変だったろう。

 

続いては採炭技術について。

第一次大戦後は需要の低下か、石炭の産出量が制限されたらしい。

人員も削減されたため、効率化を図るようになる。

掘削の機械化・ベルトコンベアの導入など近代化が進んで行った。

戦後はより大型な機械の利用や屋外に展示されていた水力採炭なども始まり、その様子が写真に収められている。

 

水力採炭の仕組み。

パンケウタシナイ川から汲み上げられた水は立坑の中を通って、モニターから噴射。

石炭を破砕して水で流し、途中で分離。

石炭は炭車に乗せられ、ベルトコンベアを通って立坑から搬出される。

汚れた水は粉炭をろ過して、再び川へ流された。

 

市街地の変化の様子。あまり分からないね。

 

石炭を積んだ列車。ホッパーと立坑が移っている。

ホッパーとは採炭した石炭を貯蔵しておく設備。

積み出し設備も兼ねており専用線上に設置されることも多い。