道北をいっぱい巡った。 ― 日進駅 ― 

目次

 

 

1.日進駅

前回の記事までは訪問順序が前後していたが、今回からは再び時系列に沿って書いていくことにする。

夕暮れの名寄市街を通り過ぎ、道道939号線を通って名寄川の東にある日進地区を走る。この地域はキャンプ場に天文台、ゲストハウスにユースホステル、スキー場や温泉などなどレジャー・観光エリアっぽくなっている。もっとも地区の大半は田畑が広がっているわけだが。

そんな位置にある日進駅に到着。

 

 

 

宗谷本線の中でも有数の大きな駅である名寄駅の両隣がご覧のような長閑な場所にあるというのが、この路線の苦境を物語っているようだ。

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急いでいてちょっとブレてしまったが、ご覧の通り簡易的な待合室。

「日」と「進」の間のマークは名寄市の旧市章らしい。

 

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夕闇が迫ってくる中、どうにかホームを撮影。

赤黒く光るレールがなんとも力強く見える。

 

左に見切れているのは韓国料理カフェ。同じ敷地にゲストハウスもある。

 

2.日進駅の歴史

日進駅は1955年乗降場として設置され、1959年に駅となった。

開業当初より旅客のみの取り扱い。

 

1970年代後半の国土地理院地図の航空写真

 

 

キャンプ場はまだないが、他はそれほど変わりないようだ。

 

3.智東駅跡

さて、この隣は北星駅だがかつてはその間に智東という駅があった。

2006年に廃止となった駅である。

日進駅からは天塩川の東を通る細い道をまっすぐ行けば着くが、除雪もされず民家も全くない場所。昼間ならともかく夕暮れ時はちょっと怖い。熊とか。。。

少し遠回りして行けなくもないが、そうすると真っ暗な中いくつもの駅を訪問することになってしまう。せっかく遠くまで来たのだからできれば少しでも明るいうちに見たい。ということで智東駅跡は今後の宿題にする。

 

ちなみに場所はここ。

 

 

駅前は除雪もされない、ということで冬季は閉鎖される駅であった。

最もそれは廃止直前の話である。

駅の歴史は古く1924年に開業の一般駅。

立派な木造駅舎と交換設備を持つ駅であった。

1986年に無人化及び貨車駅舎となる。

2005年11月30日が実質最後の営業。

2006年2月に貨車駅舎が美深町の旧仁宇布駅に作られたトロッコ王国へ移設。

2006年3月に正式に廃止となった。

 

国土地理院地図の1970年代後半の航空写真

 

青い屋根の木造駅舎が見える。

林業が盛んな頃は木材の積み出しが盛んにおこなわれていたらしい。

貨車駅舎は線路を挟んで木造駅舎の反対側に設置されていた。

今もホーム跡はわずかに残っているようだ。

この時点ではまだ近隣に民家が点在しているものの、今は全く無人地帯となった。

辛うじて通いの畑だけが残っている。

 

 

右手の砂利が敷かれた道が智東駅へ続く道である。

 

 

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