目次
1.青葉城資料展示館
再び青葉城跡。伊達政宗像がある公園の奥には本丸会館という建物がある。
実際の本丸跡が今は土産屋、フードコート、そして2階は展示室になっている。
2階の展示室には伊達家にまつわる実物資料が数多く展示されている。
鉄黒漆五枚胴具足。伊達政宗が着用した具足は仙台博物館に所蔵されているが、その型が後代にも継承された。胴部分が黒い漆塗りの鉄板五枚で構成されている。
小柄(こづか)という型の日本刀。
見ての通り小さな刀で、本来は木を削ったりするときに使う刀。
緊急時には武器としても使ったようだが、江戸時代ごろには装飾品としての需要が高まる。一緒に並んでいる笄(こうがい)は結髪の道具で刀の装飾品としても使われた。
小柄と笄、そして束の中央あたりに装飾された金具である目貫の3つを日本刀の三所物と呼び、同じ意匠で装飾することもあったそうだ。
写真がブレて残念な画像だが、キラリと光る二本の刀と木の色合いがなんとも渋い味わいの銃。
これも字が潰れてしまっているが、左が香を炊く容器。右は保管用の容器である。
2.青葉城ジオラマ
現代に残っている品々はほかにも数あるが、全てを撮影するわけにもいかない。
次は城の模型・ジオラマコーナー。
まずは城の全景。広瀬川から城を見上げると岩肌が露出した崖のようになっている。
ストリートビューで見ると、現在は木々が茂る森になっていた。
これもかなりブレてしまったが、本丸の全体模型。
本丸に設置された大広間。藩主と家臣が対面を行う場。
大手門。左手の櫓は現在復元され、右手の石垣も痕跡が残っている。
そして、どうやら大手門も復元が決定したらしい。
完成した暁には再訪したいものである。
3.支倉常長と遣欧使節
伊達政宗はスペインやその植民地である北中米との通商も試みていた。
鎖国政策が始まる前、1613年に支倉常長をメキシコ・スペイン・そしてローマへ派遣している。
スペインのセビージャ市へ持参した伊達政宗の書状(写し)
概略と書き起こしが下に展示されている。
支倉常長は六右衛門長経と名乗っており、常長という名を使った形跡は残っていないという。後世の子孫が家系図を作成した際に、先祖がキリスト教徒であったことを目立たせないようあえて解明したものとされている。
数年間ヨーロッパに滞在した一行であったが、日本ではキリスト教や西洋人を隔絶する制度に変わっていた。ローマ教皇やスペイン国王にも謁見した常長であったが、交渉も失敗に終わる。
日本に帰国後も変わり果てた世の中に失意の中、2年後に一生を終えた。
4.牛タン丼
切りのいいところで昼食。
フードコートで牛タン丼を選択。
厚手に切られた牛タンがご飯の上に敷き詰められている。
北海道にも牛タンの店はあるがなかなか行く機会もないし、やはり本場で食べると気分も違って満足感が増す。歯ごたえ十分でまた食べたくなるお味だった。