目次
1.鵜苫駅
日高幌別川を渡ってしばらくすると再び小さな川がある。
この鵜苫川(うとまがわ)は浦河町と様似町の境になっている。
ウトマという変わった地名はもちろんアイヌ語が由来。
ウトマペツ(抱き合った川)という言葉からきているらしい。
抱き合ったというのは隣の日高幌別川の河口で流路が変わり、鵜苫川と合流していたことを表しているそうな。
この辺りも山並みが海岸近くまでせり出している。
わずかな平地を通る道路の両側に住宅が並ぶ鵜苫の集落を通っていく。
郵便局や漁港もあってそれなりの規模の集落だ。
日高本線は左手側の住宅の裏手、山すそを通っていた。
鵜苫駅は住宅街の東端に位置している。
国道から見えるが、少し奥まった場所に立地している。
海に近いこともあって腐食が激しい。
表面がガビガビ。左側にタコのイラストが描かれているのがわかるかな?
出入口は封鎖されている。
内側は潮風の影響が少ないからだろうか。
いくぶん腐食が緩やかで、魚のイラストは無事。
本当はこういうのどかなタッチの海の生き物に埋め尽くされたゆる駅だったんだよね。
イラストを製作したのは様似中学校の美術部の方々。
20年の月日が流れてバイオレンスな風体の駅になってしまった。
とぼけた表情のタコだった絵も、色あせて塗装が剥がれひび割れた海坊主のようになってしまった。
ウィキペディアにはきれいな状態の画像があるので、ぜひご覧ください。
ホームも線路も草木に埋まり、出入口以外に侵入するのは厳しそうなので探索はせず。
やがて駅ごと埋まるのではないだろうか。
2.鵜苫駅の歴史
鵜苫駅は1937年 浦河駅~様似駅間開通に伴い一般駅として開業。
地理院地図の1953年航空写真
駅舎の西側に貨物スペースがあって木材が置かれているようだ。
当時はもちろん有人の木造駅舎。
この頃は島式ホームで1面2線の構造。
駅舎側の1番線が使われなくなり、砂利で埋められたそうだ。
また、線路の山側も農地として利用されているに見える
現在はこんな感じで貨物スペースも山側もすっかり自然に還っている。
1960年には早々に業務委託化。
1977年 貨物取扱廃止及び無人化
1987年に木造駅舎から貨車駅舎に改築された。
2003年様似中学校の生徒により駅舎にイラストが描かれた。