日高廃駅巡り ― 日高三石駅 ―

目次

 

1.日高三石駅

某月某日。

2年前に途中まで訪れていた日高本線廃線区間の訪問を決行すべく、早朝に家を出て一路日高方面へ向かう。

太平洋を眺めながら国道235線をひたすら進み、最初の日高三石駅に到着。

 

 

板張りの駅舎は、現役時代からふれあいサテライトみついしとしても利用されていた。

時計は動いているようだし駐車場も綺麗にされているので、今も使われていると思うのだが実態はよくわからない。

 

道路の向かいには三石旅館というザ・駅前旅館がセイコマと並んで建っている。

 

ホームは立入禁止。劣化の様子は見られない。線路は左手の段丘崖の下を通っていた。

 

静内方面。鉄路はまだよく見えるが、いつかは草に埋もれてしまうのだろう。

民家との境には何もないようだ。

どこまでがJRの土地なのだろう?

 

2.日高三石駅と周辺の歴史

18世紀後半には三石場所の記録が見られる。

当時の日高地方では唯一場所が設置されていたようだ。

高田屋嘉兵衛も携わっていたらしい。

19世紀初めに楢原家が場所を請け負い、和人の定住が始まった。

明治初めに場所が廃止されるも、場所を請け負って井小林家が引き続き漁場を管理し昆布の加工場を建設した。

 

明治の中頃から鉄道の枕木や苫小牧の王子製紙の用材など木材の需要が高まり、日高本線の敷設が計画される。

この頃はまだ函館との海運が物流の中心だった。

 

三石の町に鉄道がやって来たのは昭和初期の1933年。

静内駅から日高三石駅までが延伸開通した。日高三石駅は一般駅として開業。

その2年後に浦河駅まで開業。

この頃三石の船入澗も完成し、船舶が大型化。木材以外に海産物の輸送も行うようになった。

間もなくして様似駅まで開通し日高本線が全通となる。

 

1970年代の国土地理院地図の航空写真。

 

駅舎側のホームは切り欠き上になっており、貨物ホームとして利用。

積卸線が引き込まれていた。

この頃に貨物取扱が廃止となり、業務委託駅となった。

1987年には貨車駅舎に改築されるも、1993年に再改築。ふれあいサテライトみついしが併設し現在に至る。

この期間に交換設備も廃止されたようだ。

2015年高波による被害で日高本線の列車が運休。

2021年鵡川駅様似駅間の廃止が決まり、正式に廃駅となった。

 

日高三石駅からは海岸沿いの絶壁を避けて三石川を上流方面にさかのぼっていく。

 

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今日のチバユウスケ