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紋別市 ― 流氷の町 ―

今日は紋別市について調べてみた。

wikipedia:紋別市

 

人口は2万3千人。

オホーツク海に面し、漁業が盛んである。

また、内陸部では酪農や畑作も主要な産業である。

 

道の駅は紋別港の南端に位置する。

 北海道立オホーツク流氷科学センターが道の駅として登録されており、有料ゾーンは科学館となっている。流氷やガリンコ号について詳しく知ることができる。

 

近くには巨大なカニの爪が屋外に立っている。

カントリーサインにも描かれており、紋別のシンボルの一つである。

かつては流氷の上に浮かべていたそうだが、現在では陸に1年中固定されている。

元々は昭和58年の流氷アートフェスティバルで制作されたらしい。

道の駅のすぐそばにあるので、気軽に立ち寄ることができる。

実際に行ってみると思ったより大きくてびっくりする。

 

道の駅の近くには砕氷船のガリンコ号も展示されている。

初代ガリンコ号は三井造船がアラスカ油田開発のために建造した実験線であった。

1985年に実験が終了し、観光船へと改造された。世界初の流氷砕氷観光船であった。

1996年に役目を終え、現在では陸地に展示されている。

2代目ガリンコ号はヤマニシが建造を請け負い、今なお現役でオホーツクの海を走っている。

 

ガリンコ号の発着点であるオホーツクタワーは流氷の下の海中を見ることができる世界初の海中展望塔である。

海底階はミニ水族館でもあり、海中を窓から眺めたり水槽の魚を見ることも可能だ。

 

近くにはとっかり(アザラシのこと)センターがあり、保護したアザラシの飼育や治療、研究などを行っている。運が良いとアザラシに触らせてもらえたりもする。

 

紋別の象徴でもある流氷だが、故郷はアムール川の河口である。

 

川から流れ出る淡水によって塩分濃度が薄まった海水が凍りつき、海流に乗ってオホーツク海へやってくる。アザラシや鳥類、キタキツネなども流氷に乗って北海道へ移動してくるという。

流氷の下は植物性プランクトンが豊富であり、プランクトンを餌にする海の生物たちも必然的に多くなり、豊かな漁場が形成される。

オホーツク海で毛ガニ漁などが盛んなのはまさに流氷の恩恵である。

 

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 紋別の観光スポットは港周辺が中心であるが、それ以外にも観光地が点在している。

 

内陸部にはテレビ中継局でもあるオホーツクスカイタワー。

紋別の町を一望できる。

 

南部の海岸近くにはコムケ湖、シブツノナイ湖がありキャンプ場も設置されている。

 

湖と市街地の間にはオホーツク紋別空港がある。

現在は東京との間に路線が就航している。

 

市街地には土産屋、飲食店、温泉施設が併設されたオホーツク氷紋の駅。

ここは、かつてJR名寄本線の紋別駅であった。

紋別市内には名寄本線と渚滑線が通っていたが、どちらも廃線となっている。

名寄本線と渚滑線は紋別北部の渚滑駅で交差していた。

現在国道238号と国道273号が交差する付近である。

国道238号に沿って走っていた名寄本線に対し、渚滑線は国道273号と同じ方角へ向かう。ただし、渚滑線は隣の滝上町との間を結ぶ盲腸線であった。

 

現在駅の遺構はほぼ存在しないものの、一部が鉄道資料館や公園となり、在りし日に駅があったことを後世に伝えている。

 

最後に金山について

紋別市には鴻之舞という鉱山があった。

住友金属が経営し、金銀銅を算出していた。

なかでも金の埋蔵量は国内三位と言われるほどであったが、昭和48年に資源枯渇のため閉山。

最盛期には1万人を超す集落であったが、今は慰霊碑といくつかの構造物に沈澱池が残るのみとなっている。