石狩当別駅 ― わがまちご当地入場券 ―

目次

 

1.石狩当別

ゴールデンウィーク後半、最初のお出かけは当別町

 

昨年できたばかりの道の駅へ

 

 

天気はあいにくだが、すごい人出である。

昼食を断念。晴れていれば外で食べることも可能だが、雨だし寒いし。

ということで移動。

 

スウェーデンヒルズにあるレストランへ

 

すぐ横にはガラス工房や木工工房があって、製作現場を見学することもできる。

もちろん食事も美味しい。

パスタと大盛りサラダとパン食べ放題である。

 

そして石狩当別駅へ

 

 

 かつては江当軌道や当別町営軌道の駅(停留所)でもあった。

 

南口から眺める駅舎。

 

駅前はロータリーで、JAなどの金融機関や飲食店、その他当別町の中心部らしく諸々の施設が並ぶ。

 

一方北口を出ると目の前は白樺公園と総合体育館、さらに少し東に行くと町役場。

 

 

2.石狩当別駅及び関係施設の歴史 

1927年江当軌道開業に伴い当別駅開業(現在の駅とは別)

積雪などのため運休が多く、1936年廃線に伴い廃止。

駅は現在の宮永建設の裏手あたりにあったようだ。

 

終点の江別駅も国鉄の江別駅とは距離があり、砂利や木材の運搬を行っていたが経営は厳しかったらしい。札沼線の開通により役目を終えたといっていいだろう。

当別町史によると冬季は営業休止。トラックで貨物集配などを行っていたそう。

また弁華別方面、中小屋温泉(後に月形市街地)方面へのバスも運営していたそうだ。

町史には当別停車場や10人乗りバスと中小屋付近の写真も掲載されていた。

 

現在の石狩当別駅は1934年桑園駅~当駅の開通に伴い一般駅として開業。

1935年浦臼駅まで延伸し、札沼線が全通。

1944年戦時体制により不要不急線に指定、休止となる。1946年に再開。

 

1949年現在の当別町青山ダム方面への簡易軌道である当別町営軌道が開業。

当別駅北側に停車場があった。

また、貨車庫・修理工場も当別停車場付近に設置される。

停車場は当別と青山中央のみ倉庫がありと職員も常置していた。

1952年全線開通し木材運搬や戦後の緊急開拓で青山方面に入植した人々向けの旅客営業を主としたが、台風の影響などでわずか数年後の1956年に完全に全線廃止となった。

機関車はガソリン車2両(6t、8t)とディーゼル車1両(詳細不明) 。

廃線後、客車は幌延町の問寒別簡易軌道に転用されたらしい。

 

簡易軌道写真帖

簡易軌道写真帖

 

 当時の写真も載っていた。

 

 

石狩当別駅は給水設備もある大きな駅で砂利や政府専用米などの輸送が多かった様子。

70mほどの札幌砂利工業専用線もあったらしい。当別川が砂利の産地だったそうだ。

1967年に専用線は廃止となったらしい。

さらに1979年石狩当別駅においても貨物取扱廃止。

1994年駅舎改築。橋上駅舎となり北口が開設された。

2012年電化完了。

 

1960年代後半の国土地理院地図の航空写真。

 

駅前は倉庫のような建物が並ぶ。

西側にはまだ田んぼが残っている。

 

北側は木工所があり、ストックヤードのような場所になっていたよう。

1970年代の写真では車庫なども見えるが、上の写真では不明。

現在も車庫や保線室は残されている。

 

 3.わがまちご当地入場券

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のどかな風景を走る列車

ローカル線の魅力満載だ。

駅スタンプはふくろうと最近できた駅前の直売所である。

 

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裏面は当別開拓の始祖となった伊達家の施設と夕日

 

今年は何枚集められるだろうか。

 

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