1つ記事を書くのを飛ばしてしまっていた。
最終日、白金温泉のホテルから富良野へ向かう途中に立ち寄った箇所。
道中にあった日新ダム。
昭和47年、1972年竣工のダム。
前刄金式土石ダム。とある。
前刄金式とは堤防全面に水を通しにくい粘性土を使い、表面に保護盛り土を使用する工法。土石とあるのはロックフィルのことだろう。
管理所の駐車場に車を停めてダムを見学。家族は車で待っている笑。
天端から上流を眺める。あまり大きな岩石はなさそう。
ダム湖はあまり大きくないように見えるが、左にカーブしてかなり奥の方へと縦長に続いている。管理棟は取水設備を兼ねているそうだ。
下流側。芝生広場が整備されているが残念ながら立入禁止。
白い建物は放流設備らしい。
天端。向こうは森が広がっている。その先はまた農地。
洪水吐。横越流タイプ。導流部が湾曲している。
コンクリート構造物が湾曲していると、よりダイナミックに見える。
しかし、うまく表現する写真が撮れない。
下流側は真っすぐな流路。
途中で放流設備からの流路と直角に合流し、富良野川へと流れていく。
管理所の背面は小さな山並み。その裏手は農地になっている。
管理所がわから堤体を眺める。木々が茂って全体を見渡すのは難しい。
緑色が点々と見えるのは自然に育った植物だろう。
洪水吐の奥にあるのはインクライン。
水天宮もあるそうだ。
富良野盆地にはいくつもの川が流れており、かつては灌漑用水に事欠かなかったが、1926年の十勝岳噴火により硫黄を含む泥流が堆積して水質が変化。盆地を南北に流れる富良野川は農業用水には適さなくなってしまった。
戦後の食糧増産対策の一環として真水確保のために計画されたのが日新ダム。
当初は清富ダムという名であった。1962年の十勝岳噴火でダム開発の緊急性がクローズアップされ、日新ダムと改称し工事が行われた。
現在も富良野盆地の豊かな農業地帯を支える重要な働きを担い続けている。