苫小牧でサイクリング ― 勇払駅 ―

目次

 

1.勇払駅

日高本線に沿って工業地域を南東へ自転車で進む。

一直線の道だが、路側帯は狭く少し走りにくい。

自動車の通行量があまり多くなくて良かったが、線路の東側の道を走る方が良かったかもしれない。

 

やがて両脇は何もない草地に。

日高本線が左手を走っているが防風林で見えない。

 

もう少し進むと勇払の住宅街に進入。

ほどなくして勇払駅に到着。

 

苫小牧駅からは約13km。

市街地の北側にあり、小中学校や幼稚園が隣接している。

 

わりと大きめの駅舎。かつては賑わっていたのであろうと思われるが、今は窓に板が打ち付けられ、引退した建物のようにも見える。

向かって左側の駅名プレートは綺麗でその下には花も植えられており、ここだけが明るい雰囲気。電話ボックスはどのくらい利用があるのだろう。

駅前は広い砂利敷。駐車場としての利用も多いのだろうか。

 

駅を通らずとも直接ホームへ進入可能。

駅舎からホームへ少し距離があるが、かつては1面2線のホーム構造で列車交換可能な駅だった。駅舎側の路線は交換設備運用廃止後に撤去。

さらに専用線や側線も多かったために駅舎とホームの間には跨線橋が設けられていた。

 

線路の両側は防風林がびっしりと植えられている。

 

2.勇払駅と近隣の歴史

勇払駅は1913年苫小牧軽便鉄道の一般駅として開業。

製糸工場への木材搬出を目的として門別方面に敷設された鉄道。

1927年に路線が国有化され日高線と改称。

1941年大日本再生製紙(後の山陽国策パルプ)工場専用線の運用開始。

1962年苫小牧港建設に伴い、日高本線の路線付け替え。駅舎が北に移転。

 

今昔マップより。移転前の勇払駅付近。

1896年の地図。神社と広葉樹林があるのみ。 

1935年日高線が敷設され、建物が点在するようになった。安平川が河口付近で大きく曲がり現在の市街地付近まで浸食している。

1950年代国策パルプ製紙工場が稼働し、専用線が敷かれている。

1972年に国策パルプと山陽パルプが合併した。

 

1970年代以降の今昔マップ。

 

1980年代の地図を見ると駅が移転し、市街化も進んでいる。

1970年代の航空写真では駅南側に保線用車庫、駅北側にはホームへ通じる跨線橋も見えている。

しかし1980年にはすでに山陽国策パルプ専用線は廃止され、1982年貨物取扱は廃止となった。1984年駅も無人化。

十篠製紙と合併した山陽国策パルプ日本製紙に改称。

勇払工場は長らく洋紙生産を続けてきたが、2020年にバイオマス発電所に転換決定で、製糸工場稼働を中止。2023年から発電開始を目標としている。

 

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