名古屋旅行 ― 本丸御殿 ―

目次

 

1.本丸御殿

再び本丸に戻って、次は本丸御殿へ。

天守の左手前に見えるのが復元された本丸御殿の建物。

 

 

ここは入場するのに行列ができていたので、しばし並んでから入る。

 

本丸御殿は尾張藩城主の住居兼政庁として家康の命によって建てられた。

しかし、1620年以降は将軍の上洛時の宿泊専用となり、藩主は二の丸御殿に居住することとなり、平時に使用されることはなかった。

様式は書院造で、近世城郭御殿の最高傑作とも言われ、
天守と共に国宝第一号に指定された。

空襲で焼失したが、江戸時代の図面など資料をもとに復元工事を行い、2018年に完成。

 

2.書院造とは

書院造は室町時代以降に成立した住宅の様式。

書院と呼ばれる書斎を兼ねた居間を中心とする武家の住宅。

時代が下るにつれ、居住空間から接客・儀式の広間へ変遷していった。

前時代の貴族の住居で主流であった寝殿造とは異なり、間仕切りが発達。

畳を敷き詰めた座敷には高低差がつけられ、階級差が明確にされた。

床の間は書院造から派生したものである。

 

3.本丸御殿の中へ

車寄と呼ばれる正式な入り口から入る。

外国人の人も多かったが、職員さんたちが英語で注意事項を説明していた。

 

豪壮な造りで、入る者を圧倒する。

 

復元工事は当時の工法や素材を分析し、長い時間をかけて行われた。

 

玄関から入ってすぐ。虎が描かれた金色に輝く障壁画。

 

玄関の付近はあちこちに虎が描かれ、客を驚かせたという。

 

戯れる二頭の虎。そばには子供もいる。

 

長い廊下を進んでいく。

 

長ーい部屋。

 

藩主と来客や家臣との公的な謁見に用いられた表書院。

一番奥にある藩主の座は一段高くなっている。

 

縦長の広間を横から眺めながら進んでいく。表書院は一~三の間に分かれていた。

 

対面所は私的な対面や宴席に用いられた。

 

対面所に描かれているのは京都の名所・愛宕山と和歌山の名所・紀三井寺が描かれている。

 

対面所と上洛殿をつなぐ鷺の廊下。

真っ白な柳の木の上に同じく真っ白な鷺がとまっている。

 

三代将軍家光の上洛時に増築された上洛殿。

本丸御殿で最も絢爛豪華であり、廊下の細部に至るまで贅を尽くしている。

 

花鳥風月をあしらった彫刻欄間(らんま)。

復元を手掛けたのは富山県南砺市の井波彫刻協同組合。

日本一の木彫刻の町といわれる井波の職人は各地に出向いて製作を行ってきた。

 

こちらは花狭間格子欄間というらしい。

きらびやかではないが、手間がかかっているのがよくわかる。

 

上洛殿の説明版。ブレてしまった。

 

室内にも派手な彫刻欄間。

 

ふすまの障壁画を描いたのは狩野探幽