定山渓を行く ― じょうてつの名残 ―

さて、話は車を停めた公共駐車場に戻る。

ここに北海道三景の碑があったことは前回も述べたが、それだけではなかったのである。

 

 

なんとなんと、ここはかつての定山渓鉄道の定山渓駅であったのだ。

 

現在はバス事業を中核に不動産や介護などを手掛ける東急グループ傘下の株式会社じょうてつ。元々は大正時代に定山渓鉄道の運営を開始したのが始まりである。

 

観光客の輸送や木材・鉱石・石材などの貨物輸送を目的に開通し戦後間もないころに全盛を極める。しかし豊羽鉱山の鉱石輸送のトラック切替や道路事情の好転などに押され、1969年廃線となった。

 

その終着駅がこの地であったのである。

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在りし日の写真がひっそりと残されている。

 

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定山渓のシンボル、河童の彫刻が座っている。

 

そして、その背後には駅舎の基礎のようなものが。

せめて定山渓駅跡の看板くらいあっても良いような気もするのだが。

 

気を取り直して先へ

国道沿いを北に向かって少し歩くと観光協会の建物がある。

 

ここに用があったので中に入る。

 中にはミニ博物館もあったので見学

 

定山渓温泉豊羽鉱山の資料が展示されていた。

そしてもちろん定山渓鉄道グッズも並んでいたのである。

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滝ノ沢駅の駅名標など

 

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光の関係で文字が消えてしまった。

 

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起点は白石駅だったのだ。

 

ちなみに澄川~真駒内辺りは現在の地下鉄南北線に転用されているのはご存じの通りである。そのために地上を通る地下鉄が存在することになったわけだ。